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再会の光
唐突に背後から片腕を強く握られたかと思うと、思い切り背中の方へと引っ張られて耐えられず呻く。
「銀髪に薄い青の瞳……特徴は合っている! こいつだ!!」
「確かに特徴は合っているけどさ~、お貴族様が探しているんだったらやっぱり若い女じゃないのか? 演劇でも、貴族の男と身分差の恋に落ちちまって、男のところから姿を消した娘が実は別の高位貴族の隠し子で〜みたいなの、流行ってんだろ? おれ、そういう姿を消しちゃう系の話好きなんだよな〜。コイツ、整った顔しているし細い方だがどう見ても男なのが残念……」
「バーカ、お前の趣味なんて心底どうでもいいんだわ! あちこち探してやっと特徴が同じヤツが見つかったんだぞ、とりあえず連れて行くからな。人違いでも連れて行けば金貨をもらえるって話なんだ、これで酒場のオリビアちゃんが欲しがってた指輪を買ってやれるんだよ! お貴族が人探ししている理由なんて心底どーーーでもいいっ!」
強引にオルカの身体を抑え込んできたのは、濁声の酷い男たちだった。
勝手なことを喚く男たちによって無理やり地面へと押さえつけられ、頭を上げるのも許されない状況では顔を確認することもできないが、彼らの声に聞き覚えはない。
(薬草は高く売れるから、狙われやすいとは聞いていたけれど。目的が違う……?)
薬草がぎっしりと入った鞄は、とっくに放り投げられてしまい、無残にも中身が地面の上に散らばっている。大切にしているものに対するひどい扱いに悲しくなるが、今は悲しんでいる場合ではない。それはオルカにも分かっている。
「ここから王都まで無傷で運ばなきゃいけないんだ、とっとと気絶させろ。そういう薬も預かってきただろう?」
人違いをされているのか、このままでは非常にまずい。自分はもう逃げられなくても、せめてシュニーだけでもここから逃がさなくては。男たちの拘束が緩んだ隙をついて死にものぐるいで逃げ出したオルカは、鞄を確かめる振りをしてマフラーで包んだままのシュニーを優しい手つきで鞄の中に隠した。
間を置かずすぐに慌てて駆け寄ってきた男たちに襟首を掴まれ、オルカは再び地面へと引きずられていく。
痛みはあっても、不思議と恐怖は感じない。それは生きることを諦めたからではなく、一度死を経験しているからこそ、最後の最後まで諦めないというしぶとさが身についたからだ。
(シュニーが与えてくれた命だから、今度は少しでも長く生きたい)
彼らに目的があるのなら、すぐに殺されることはないはず。それなら、逃げ出す機会はまた得られるかもしれない。こんな状況なのに冷静に考えるオルカの視界に、一条の強い白光が真っすぐに空へと昇っていくのが映った。
「なんだ、あれ?」
「わ……分からん。なんか……ヤバそう……?」
オルカを引きずっていた男たちにも見えたようで、騒ぎ出したがそれもすぐに静かになり、オルカを抑えていた力も消えた。派手な音をたてて男たちが倒れたのだ。誰かが助けてくれたのだと、少ししてからオルカは自分の状況を理解した。
「――見つけた」
若い男性の声がして、オルカは顔を上げる。聞き覚えがあるような気がしたからだ。
(この、声……)
声がした方に毅然とした態度で立っているのは――オルカを救ってくれたのは、ノルヴィウス王太子殿下、その人だった。
王宮で見かけていた時とは違い、上質であることは分かるがシンプルな服装に剣だけを提げ持っている今の彼は、誰が見ても気品のある騎士と思い込んでしまうかもしれない。
しかし、顔も忘れかけていたはずなのに、オルカはすぐに彼だと分かった。
死に戻る前と違うのは、オルカに向けられている眼差しや表情が、以前のような冷たいものではないことだ。あの雪原で会いに来てくれた幻そのものが目の前にいるみたいで、オルカは緊張しつつもすぐに頭を下げた。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございま……」
そう言い終える前に、もふっとしたものがオルカの頭に乗っかった。
『ノル! おまっ、遅いんだよッ!! 我が呼んだら何が何でも一瞬で現れろッ!』
「無茶を言うな! 今まで何も告げずに姿を消していたくせに、突然強制的に召喚術まで使って人を呼び出しておいて。着替えやらの途中でなくて良かったものの……」
ひしっとオルカの頭にしがみついているのは、シュニーだ。どうやら、ノルヴィウスをここに呼び出したのはシュニーの力らしい。
(シュニーは僕を生き返らせてくれたくらいのすごい神獣だもんね。……あ、そっか!)
見つけた、とノルヴィウスが口にしたのは、シュニーのことに違いない。
納得したオルカはそっと自分の頭にいるシュニーを両手で抱え直すと、「とりあえず」と彼らに声をかけた。
「さっきの眩しい光で、ここに人が集まってくるかもなので。一旦、ここを出ませんか? 助けていただいたお礼をさせてください」
「いや、礼などは不要だが……。私もついて行っても良いのだろうか」
平民であるオルカ相手なのに、こちらの顔色を窺うような言い方にオルカは驚いた。顔はそっくりに思えるのだが、もしかしてノルヴィウスとは別人なのだろうか。
(それよりも、最初に会った時のシュニーみたいだ)
一緒に来てほしいとオルカからお願いした時のシュニーと、反応が似ている気がする。
散らばった薬草を拾うのまで手伝ってくれたノルヴィウス似の青年は、オルカの兄が待っている食堂まで一言も発さずついてきたのだった。
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