第一章

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【ヒント②】  本作タイトル及びヒントにおける〈ヒロイン〉とは、原作ゲーム『チマミレ☆ハート』において攻略可能な女性キャラクターのことである。 ◆◆◆  調査開始だ! と意気込んだはいいものの、学生である以上授業は受けなければならない。  したがって、授業の合間の十分休みを待って調査を始めた。   「うちらもおかしいと思ってた」 「恋町の自殺についてどう思う? どうにも納得いかなくて」という歩の質問に対して、ポニーテールを揺らしてそうなふうに答えたのは、歩のクラスメイトで兎月の所属していたグループの女子生徒だ。 「そうそう、だっていきなりすぎなんだもん」グループのもう一人、ツインテール女子も追従するように強い語調で言う。「あんたと付き合いはじめて一箇月も経ってなかったんでしょ? 盲目的でいられる一番楽しい時期じゃない。ありえない──あんたが浮気してたわけでもないんでしょ?」 「そんなことしないよ」歩は言下に否定した。 「ちょっと」とポニテ女子がツインテ女子を肘で小突き、「言い方ってもんがあるでしょうよ」と注意する。 「でも、そうとでも考えないと説明がつかないし」しかし、ツインテ女子はすねたような口調で食い下がる。  猜疑的な棘が場に漂い、ちくちくと歩の肌を刺す。 「なるほどな!」武蔵が、悪くなりかけた空気を取り成すように明るい声を上げた。「ということは、やっぱりお前らにも自殺の動機はわからないわけだな?」  その勢いにたじろぐように、「う、うん」「そう思うよ」とツインテ女子とポニテ女子は顎を引いた。 「じゃあやっぱり──」    歩はその先を言葉にしなかったが、兎月は誰かに殺されたのだ、という推理が全員の脳裏に浮かんだことは、その悩ましげな顔つきから明らかだった。  そうなると次の疑問は、誰が殺したのか、ということだ。 「兎月を恨んでた人物に心当たりとかってあるか?」武蔵が尋ねた。  しかし、ポニーテールとツインテールは揃って左右に揺れ動いた。そちらも考えにくいという。兎月は誰かの恨みを買うような子じゃない、と。  歩も同意見だった。彼女はそんな子じゃなかった。  しかしそうなると、ただの女子校生を殺す理由など怨恨以外はそれこそ想像もできないのだから、他殺の線も薄れてしまう。  まさか兎月の家族が不仲を理由に殺した?  仮にそうだとして、どうやって抵抗を封じて完璧な自殺を演出したのだろう?  睡眠薬でも盛ったのだろうか。しかし、それなら司法解剖で明らかになるはず。いくら怠慢警察でもそれをスルーするとは思えない。  わざわざ旧校舎まで行き、普段は飲まない睡眠薬を飲んで自殺しました、なんて、状況の説明としては無理筋だろう。不自然すぎる。  つまり、睡眠薬が検出されていた場合、警察は他殺事件として動いていなければおかしい。そうなっていないということは睡眠薬説は否定すべきだろう。  誰が、なぜ、どうやって……。  歩が考え事に沈んでいると、次の授業の先生が二年A組の教室に入ってくるのが目の端に映った。  それぞれが自分の席に戻る。  赤空学園にはさまざまなタイプの美少女が揃っている。  と言ってしまうと何やら怪しげなお店のようだけれど、事実そうなのだからそう表現するしかない。  その、極めていかがわしい美麗ラインナップの中にあって、ひときわ異彩を放つ存在がいる。    名を静観(しずみ)知世(ちせ)と言う。  彼女を一言で説明するならば〈情報屋〉である。下世話な修飾語を許してもらえるなら、〈クーデレ系白髪ベリショチビ貧乳の〉というのが付く。  静観は、どんなスキル、あるいは情報網を持っているのか、何でも、ではないにしても、いろいろなことを知っている。  おそらく生まれる時代と国を間違えたのだろう。平和な現代日本などではなく冷戦下の某国辺りに生まれていれば、凄腕のスパイとして大成していたに違いない。現代日本という、本来なら環境ガチャのSSR級大当たりがハズレ扱いになる稀有な例である。  牛若と武蔵は、昼休みになると手早く昼食を済まし、二年C組を訪れた。静観のクラスだ。彼女から事件の情報を得られないか、という思惑だった。 「おっ邪魔っしまーす」  ほかのクラスに入るというのは普通はためらうものだけれど、武蔵は、いっそ潑溂(はつらつ)とした声を飛ばして堂々と敷居を跨いだ。  弁当を広げたり購買のパンをかじったりと昼食を食べながら談笑する生徒たちの視線が、武蔵とその後ろで苦笑いを浮かべる歩に集まる。  その、幼さの残るくりくりとした眼球の群れの中には、静観の、氷のような冷たさを孕んだ怜悧(れいり)青瞳(せいどう)も含まれていた。  後ろのほうの静観の席に迷いのない足取りで近づく。  兎月の自殺のことで何か知らないか──そんなふうに質問しようとしたのだろう口を開きかけた武蔵を制するように静観は、しんしんと雪が降るような静かな口調で言った。 「そろそろ来るころだと思ってた」静観は、小さな弁当箱に蓋をすると席を立った。「場所、変える」  こちらの返事も聞かずに静観は、すたすたと歩き出した。   歩と武蔵は一度顔を見合わせると、彼女の後を追った。  どこに行くのかと思っていたら、連れていかれたのは屋上だった。よく晴れた空から陽光が降り注いでいる。春風が吹いて静観の白髪がゆらゆらとなびくと、彼女は口を切った。 「兎月恋町の事件については、申し訳ないけれど、わたしもそれほど詳しくない。あなたたちに売れる情報は直接的でないものが二つしかない──それでもいい?」  用件を伝えたわけでもないのに、静観は確信した口ぶりだった──まぁ自分とほとんど絡みのない兎月の元恋人がこのタイミングで接触してきたら、そりゃあ予想できるか。 「もちろん!」歩が答える前に武蔵がはっきりとうなずいた。 「代価はどうすればいい?」歩が問うと、 「ん、ホベツイチゴ──」静観は感情の窺えない無表情のまま洒々落々(しゃしゃらくらく)とした口調で答え、ピースサインのように指を立てた。「二つ」 「ホベツイチゴ」とは学食の人気メニュー〈ホベツイチゴパフェ〉のことで、それは〈ホベツ〉とは何なのか定かではないイチゴのパフェである。普通のパフェの二倍くらいのボリュームがあって、学食にしてはそこそこ値の張る一品だ。しかし、やたらとおいしい。ので、人気なのだ。  いいよな、と武蔵の目が尋ねてきた。歩がうなずくと、 「りょーかい」武蔵は軽いノリで了承を伝えた。「歩が全額耳を揃えて払うわけ」 「えっ」聞いてないんだけど。ひどい詐欺に遭った。  静観は不満げな歩など意に介さずに話を進める。「まず一つ目は凶器について」 「凶器? 要するに使われたロープのことか?」武蔵が応じる。  うん、と小さな顎を小さく引いて静観は、真顔で、「信頼できるとある裏筋からの情報によると、使用されたロープは学校──この新校舎の物置に雑然と置かれていたものだったみたい」  信頼できるとある裏筋って何さ?! と歩は内心で激しく突っ込んだ。ワードが強すぎるって!──と、そこで気づく。わざわざ学校の物置にあったものを拝借したということは、 「なぁ、それってつまり、足がつかないようにしたってわけ?」  購入経路から自分にたどり着くことを危惧した犯人が、窃盗という手段を採るのは合理的なことのように思える。歩の気持ちを代弁したような武蔵のその質問に、静観は、 「他殺であればその可能性もある」  と理性的で慎重な返答。 「しかも、犯人は学校の関係者ってことだろ?」武蔵は質問を重ねた。 「その可能性もある」と静観は繰り返した。  歩も言葉を差し挟む。「静観はどっちだと思うの?」  自殺か、他殺か。  静観は、やはりクールな表情はそのままに、「ん、ふぃふてぃーふぃふてぃー」しかし舌足らずに言った──外来語が苦手なおばあちゃんかな? が、「今のところはどちらとも取れる。証拠が足りない」日本語は問題ないようだった──当たり前だけれど。  こりゃあ某国スパイは無理かな、と歩は思う。外国語が駄目というのは致命的だろう。 「なるほど、凶器のことはわかったわけ」武蔵が言う。「で、もう一つは?」 「現場──死体発見時の旧校舎の状況について」静観は言う。「警察が到着した時、一階の職員室の窓の一つが解錠されていたみたい」  旧校舎は普段、扉にしろ窓にしろすべて施錠されている。侵入したいなら、現実的には窓を割るかドアを壊すか用務員が管理する鍵を使うかしなければならない。  はずなのだけれど、今回は違ったらしい。   「兎月はそこから侵入したってわけ?」と武蔵。 「その可能性が高い」と静観の即答。「その窓以外に侵入しうる場所やその形跡はなかった、と、とある裏筋から聞いた」  とすれば、兎月又は犯人があらかじめその鍵を開けておいたということ──つまり、このことからも兎月の自殺又は他殺は計画的だったと言える。 「情報は以上」静観は、話は終わりとばかりに冷淡に言った。そして、「行こ」と小柄な体を翻して屋上の入り口へ向かう。 「は? どこに行くわけ?」  武蔵の困惑の声に振り返った静観は小首をかしげて、「学食だけど」  当然でしょ? と聞こえてきそうな声音だった。 「ああ」と歩が洩らし、「今から食うのね」と武蔵が引き継いだ。  どうやらすぐにホベツイチゴしなきゃいけないらしい。
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