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32 早朝の出発
ぽふぽふぽふ。
うふふ。くすぐったい。
「うーん……」
ぽふぽふぽふぽふ。
「むう……」
うるさいなあ。
ほっぺたをふこふこしたものが叩いてくる。
ぽふぽふぽふ。
「うるさいっ」
「うわー」
腕を払ったら、何かふこっとしたものがぶつかった。
「あー、とりさんがー」
……ん?
目を開ける。
暗くて狭い部屋の、硬いベッド。自分の家ではない匂い。
そうだ。思い出した。
ここは冒険者ギルドの二階の簡易宿泊所だ。
狭くて汚いここを定宿にする冒険者はいないけど、宿が見つからなかったときとか翌日の仕事が超朝早いときとかには結構みんな利用している。宿代もめちゃくちゃ安いし。
私、なんでここに泊まってるんだっけ。
寝ぼけた頭でそんなことを考えたあとで、現実がどっと押し寄せてきた。
「ああっ」
がばりと身体を起こす。
「今、何時!?」
「5時くらいかなー」
ねこが答える。
「とりさんが起こしてくれたのに、フィリマ起きないからー」
「そ、それはごめんなさい」
もうほとんど待ち合わせの時間だ。まずいまずい。
慌ててベッドを降りて身支度を整える。ばたばたと洗面所と部屋を行き来する。
なんとか出られそうな恰好が整った時、ふと気づいた。
「あれ、とりさんは?」
「さっきフィリマに振り払われて、吹っ飛んでったよー」
「え、どこに」
「わかんないけど」
ねこはぴこりと窓を指さす。
「あそこから、外に」
暑くて寝苦しかったのでちょっと開けておいた窓の隙間。
とりはそこから落ちたらしい。
「ええっ、それまずいじゃない!」
「だいじょうぶだよー」
ねこはなぜかのんびりしている。
「だってとりさんはとりなんだから、空が飛べるもの」
いや、飛べないでしょ。
「飛んでるの見たことないでしょ!」
「ないけど、とりだからー」
ねこはあくまでとりが飛べるスタンス。その信頼はどこから。
大急ぎで最低限の支度を整えて、下に降りる。
すえた匂いのする酒場は、昨夜の喧騒が嘘みたいに静まり返っていた。椅子を蹴っ飛ばさないように、暗い店内を駆け抜ける。
「とりさーん!」
そう呼びながらギルドから道に飛び出すと、誰かにぶつかりそうになった。
「わっ」
ドスンさんだった。今日は一昨日よりもしっかりと武装している。前回はかぶっていなかった角突きの兜までかぶって、バーバリアンの戦士みたいだ。
「あ、ドスンさん。おはようございます」
ドスンさんは「あ」と「う」の中間くらいの音で返事してくれた。
「うちのとり、見ませんでしたか!?」
「とりなら、降ってきた」
「えっ」
ドスンさんの兜の角の影から、ふこりととりが顔を出した。
「危なかったぞ、フィリマ。下にこの角があったから危うく串刺しになるところだった」
「ご、ごめんなさい」
ドスンさんからとりを受け取って、体が大丈夫か確かめる。
「穴とか開かなかった?」
「うむ。ぼくはとりだからな。翼を広げて、こう、ふわっと」
とりはふこりとちっこい手羽を広げた。この手羽で空を飛べるなら、人間の腕でも飛べそうです。
「俺の兜にぽこりと当たって地面に落ちた」
ドスンさんが言った。
「砂は払っておいた」
「ありがとうございます!」
「ドスン、それを言ってはいかん」
そこにアランさんとパッスンさんもやってきた。
「あー、アランさん」
アランさんにすっかりなついているねこが、ふここここ、と駆け寄っていく。
今日はアランさんもパッスンさんもしっかりと戦闘用の装備をしている。戦いが起こると決まったわけじゃないけど、その準備はしておかないと。
ねこを肩に載せたアランさんは、私に手を上げた
「おはよう、フィリマ。さすが、こんな早い時間でもちゃんと準備はできてるね」
「はい」
本当は寝坊しかけたけど。
「ドスンもいるな。よし、じゃあ行こう」
私たちは人影もない未明の冒険者ギルドを出発した。
昨日カー助に教えてもらった場所に着くころには、朝日が昇り、辺りはすっかり明るくなっていた。
「ここです」
私が茂みの裏側を指さすと、そこをパッスンさんが慎重に覗き込んだ。
私たちは自然と、それを後ろから見守る形になる。
「どうだ、パッスン」
アランさんがパッスンさんの背中に声をかける。
「足跡は追えそうか?」
だけどパッスンさんは返事をしない。
ぴくりとも動かず、わずかに残る足跡を見つめている。
「……パッスン?」
あんまり動かないものだから、アランさんが心配そうにパッスンさんを呼んだ。
「大丈夫か? 何かあったか?」
「……」
パッスンさんは無言で茂みから顔を出した。
難しい顔をしていた。
「どうした、パッスン。何かまずいことが?」
「……真新しい足跡がある」
パッスンさんはようやく、ぼそりと言った。
「アラン、お前が決めろ。このまま足跡を追って森へ踏み込むか、それとも街へ戻って応援を呼んでくるか」
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