2 新居に入ろう。

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2 新居に入ろう。

 タクシーを見送った私は、さて、と家に向き直る。  昔、この家は目の前の道が隣の街へと抜ける唯一の道路だったころに、休憩所を兼ねたカフェだったのだそうだ。  でも新しい便利な道路ができて、ほとんど通る人がいなくなって閉店してしまった。それからは、かなり長いことほったらかしになっていたらしい。  売主さんがご厚意で、私が寝泊まりできる最低限の掃除と修繕をしてくれたとは聞いているけれど。  この外観ではちょっと厳しそう。 「多分、中はかなり汚いと思うから」  私はとりとねこにそう前置きした。 「覚悟して入ってね」 「はーい」 「ほーい」  適当な返事をするふたり。とりはもう風呂敷を広げて中のビー玉を転がしたりし始めている。 「そんなところで広げないの。ほら、行くよ」  私が歩き出すと、ふたりは後ろをふこふことついてきた。  玄関ドアは、重厚な木の扉。  さすがは昔カフェだっただけのことはある。きっと当時はすごく雰囲気のある扉だったに違いない。上にベルなんかついていて、お客さんが来ると、からんからん、なんて軽やかな音が響くのだ。  だけど今はすっかり塗装も剥げてしまって、痛々しいことこの上ない。 「このドアか。開けたらゾンビとか出てきそうだな」 「ばいおはざーどっぽいね」 「うぼー」 「きゃー、出たー」 「あはははは」 「うふふふふ」  好き勝手なことを言っているとりとねこは放っておこう。 「ちゃんと塗り直せばいいんだってば。よいしょっ……と」  ノブを引っ張るけれど、開かない。  蝶番に油が差されていないせいか、建付けが悪くなってしまったせいか、とにかく扉は重かった。  それでも思いっきり力を入れて引くと、ぎいいっという魔物の断末魔のような悲鳴を上げてドアは開いた。薄暗い室内からは黴くさい臭いがした。 「わーい、あいたー」  ねこがふここここ、と中に駆けこんでいく。  あっ。最初に私が入りたかったのに。 「ふふふ。転ぶなよ、ねこくん」  風呂敷を担いで入っていくとりの後に続いて、私も家に足を踏み入れた。  カフェとして作られたからだろう、中は外から見たよりもずっと広かった。がらんとしていて、奧にカウンターがある。そのさらに奥が、キッチンだ。  きっとここに昔はお客さんの席が用意されていたんだろう。四人掛けのテーブルなら、一、二、三……うん、四脚は置ける。  その隅っこに、私の荷物が積まれていた。  昨日のうちに運送業者さんが運んでくれたものだ。  私は全部の窓を開けながら床や壁を確かめて回る。  やっぱり昔の建物だから、作りはしっかりしてる。  カウンターには、この家の鍵が置かれていた。  一緒に置かれた『ようこそ、スレンダーポットに!』という手書きのメモは、売主のハインさんが書いてくれたものだろう。  ちょっとした気遣いだけど、心があったかくなる。  鍵を手に、キッチンをざっと見て回る。  一応、まだ使えるとは売主さんは言ってたけど。さすがにこれは早めに取換えなきゃかな。  壁に取り付けられた棚は、食器をちゃんと入れたらその重さだけで落ちてしまいそうだし、長いこと使われていないかまどには、蜘蛛の巣がびっしりだ。  さらに奥のドアを開けると、そこが居住スペースだった。  売主さんが言っていた通り、こっちは最低限の掃除がされていて、今夜泊まる分には問題なさそうだった。  裏庭に通じる裏口のドアがもう開いていて、その向こうからとりとねこの声が聞こえてくる。 「どこまで行ってるの、そっちはもう外だよ」  そう言いながら裏口から顔を出すと、草ぼうぼうの裏庭は日当たりがとても良かった。  そこにある井戸の縁で、とりとねこはさっそく何かを始めている。 「じゃあ、ここに検問所を設けるから」 「こっちから来る人からお金を取るんだね」 「そうそう」 「……とりさん、何してるの」  私が訊くと、とりはふこりと顔を上げる。 「いや、ここにとり帝国を建国しようかと」 「しようかと!」  子分のねこも元気よく追随する。 「だめです」  私はきっぱりと言った。 「今日はこれから荷物整理と大掃除だよ。ベッドを組み立てなきゃ、今晩寝るところもないからね」 「えー」 「えー」  不満そうな二つのぬいぐるみを抱えて、私は家に戻る。  裏口のドアを閉める前に、もう一度中庭を見た。  この日当たりと、風通し。柵代わりの植え込みをもっと低く軽くして、雑草を抜けば、ここもすごく素敵な庭になりそう。  夢が膨らむ。  とはいえ。 「さあ、まずは仕事仕事」  私は自分を奮い立たせてドアを閉めた。
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