31 ほめられたいようです。

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31 ほめられたいようです。

  「これは」  ギルドに急遽来てもらったアランさんは、私がカウンターに置いた短剣を見て顔をこわばらせた。 「確かにゴブリンの武器だ。これが、昨日のパトロールコースに落ちていたというのかい」 「はい、ちょうどオルカタさんと出会った後に通った道の、茂みの裏に」 「なんてことだ」  アランさんが頭を抱える。 「失態ね、アラン。あなたともあろう人が、こんな明確な痕跡を見落とすなんて」  リサさんの口調は穏やかだったけど、言っている内容は辛辣だった。 「こういうことが続くと、パトロールの仕事がギルドにまわってこなくなるわ。衛兵を増員して治安局が担当するっていう話になるでしょうね。それはギルド全体の信頼の失墜に繋がるわ」 「ああ……すまん」 「でも、あれは気づかないと思います」  完全に責任を感じ始めた顔のアランさんを見て、私は急いでフォローする。 「カラスが教えてくれたので、私も気づいただけで。あれは上空からじゃないと分からないです」 「カラスが教えてくれた?」  アランさんとリサさんは顔を見合わせた。 「どういうこと?」 「あ、ええと」 「ぼくが聞いた」  ねことおはじきをして遊んでいたとりが、自分の手柄に関する話になったと気づいた瞬間、カウンターの上を自分でしゅこーと滑ってきた。 「え、とりさんが?」  とりをぱしっとキャッチしたリサさんが、驚いたように目を丸くする。 「うむ」  リサさんに摘まみ上げられて、とりは得意そう。 「とり同士の緊密なネットワークを通して、極秘裏に情報をキャッチしたのさ」  大げさ。 「知り合ったカラスが教えに来てくれたと、素直に言いなさい」 「同じようなものだろう」 「え、とりさん、獣使いのスキルもあるの?」  リサさんに訊かれて、とりはますます誇らしげ。 「まあね。ちなみにねこくんは猫と喋れる」 「すごいじゃない!」 「えへへ」  ねこもカウンターの上をふこーと滑ってきた。なんでナンパ男が目当ての女の子の前にお酒のグラスを滑らせるみたいな感じで二人とも来るの。 「ただのぬいぐるみじゃないことは知ってたけど、本当になんでもできるのねえ」  リサさん、あんまりふたりをほめないで……。どんどん調子に乗るから。 「この世の情報の大部分は鳥と猫が握ってるからな。つまり、ぼくとねこくんがいればこの世の情報を制することができる」 「できる」  ほら。調子に乗った。 「確かに路地裏の野良猫たちは情報通のイメージがある」  とアランさん。 「奥様方の井戸端会議のそばには、いつもカラスがいるしね」  とリサさん。  とりとねこは得意げにどんどん胸をそらして、もう後ろにひっくり返りそうになっている。 「あの、お二人とも、もうそのへんで……うちのぬいぐるみがひっくり返っちゃいますので」  見かねて口を挟むと、アランさんもはっとまじめな顔つきに戻った。 「そうだった。そんなことよりもゴブリンの対処だ」 「そうね、そんなことを言ってる場合じゃなかったわね」  アランさんとリサさんにそんなことと言われて、とりとねこはしゅしゅしゅ、と元の体勢に戻った。 「この短剣を見つけた場所では、足跡も確認されたって言っていたね、フィリマ」 「はい。専門家ではないので、追跡まではできませんでしたけど。複数の足跡を見ました」 「上出来だ」  アランさんはリサさんに向き直った。 「うちのパッスンなら足跡の追跡ができる。これは僕らの不手際だ。最優先でやらせてもらう」 「そうね、お願いするわ」  リサさんは頷いた。 「フィリマ。あなたにもお願いしていいかしら」 「ええ、もちろんです」 「それから、とりさんとねこくん。あなたたちにも」 「えー」 「どうしよっかなー」  とりとねこは背中を丸めておはじきをしながら、ふこふこと尻尾を振る。 「ぼくらも忙しいしなー」 「いそがしいしねー」  アランさんたちに「そんなこと」と言われたのでちょっといじけてる。めんどくさいけものたちだ。  でも、いろんな冒険者を転がしてきたであろうリサさんのほうが、何枚も上手だった。 「あっ、そうだ。すごい情報を持ってきてくれたとりさんとねこくんに、特別ボーナスをあげなきゃね」  特別ボーナス。  その言葉を聞いた瞬間、とりの手羽先とねこの耳がぴくりと動いた。 「ほら。これあげるわ」  リサさんがカウンターに置いたのは、1マグ硬貨二枚。  たった1マグ……だけど新しく鋳造された硬貨らしく、まだピカピカときれいだ。  ビー玉好きのふたりには、効果てきめんだった。 「うわー、ぴかぴかじゃん!」 「まぶしい! 目が! 目が!!」  めちゃくちゃはしゃいでコインに群がるふたり。 「すげー。コインすげー」 「この輝き……ずっと見ていても飽きないよ」  たった1マグに騙されるなんて。ちょっと恥ずかしい。 「パトロールに付き合ってくれるかしら?」 「付き合うー」 「ぼくもー」  あっさり篭絡された。 「じゃあ僕はパッスンとドスンに連絡して準備する」  アランさんが言った。 「早ければ早いほうがいいね。明日の早朝、日の出前に出発しよう」 「分かりました」 「私からは、念のため衛兵隊にこの情報を伝えておくわ」  とリサさん。 「フィリマ。今日はここに泊まっていく?」 「……そうですね。そうします」  日の出前にここを出るためには、家を真っ暗なうちに出ないといけない。さすがに今日は泊めてもらおう。 「やった! お泊りだ!」 「しんせん!」  とりとねこは呑気に喜んでいる。ちょっとお金がもったいないけど仕方ない。  ……明日はゴブリン退治か。  今日は早めに寝よう。
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