33 こんなときでも。

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33 こんなときでも。

 パッスンさんの話では、ゴブリンの新しい足跡は少なくとも三つあるのだという。  そう言われてから実際に見ても、私にはそこまでのことは分からない。さすが専門職。 「おそらくは、昨日フィリマが短剣を拾ってくれたのと前後した時間帯だ」  とパッスンさん。 「下手をすると、ゴブリンどもと鉢合わせをしていたかもしれないな」  そう言われて、ちょっとぞっとする。  カラスのカー助とのんびり喋っているときに出てこなくてよかった。 「足跡が三つあるということは……」  アランさんが悩ましげな顔をする。 「少なくともその十倍、三十匹はいると見たほうがいいだろう」  ゴブリンの繁殖力は異常だ。いくら狩っても絶対に根絶やしにはできないだろうけど、人間の住む場所にまで活動範囲を広げられるわけにはいかない。  ゴブリンは、人間とは決して共存のできない魔物だからだ。 「足跡が古ければ、いったん街に戻って報告するのが最善だろう。だが、そこまで新しいものとなると、悠長なことは言っていられない。直ちに追跡を開始するべきだと思う」  アランさんは言った。 「三十匹程度のゴブリンなら、僕らだけでもなんとかなるだろう」  アランさんの言葉に私は頷く。  戦士三人と魔法使い一人。  各個撃破するにせよ、まとめて一網打尽にするにせよ、私の魔法で機先を制することができれば問題ないはずだ。  私としては、全部まとめてのほうがやりやすくて助かるけど。 「だけど、万が一ってことを考えなきゃならない」  とアランさんは続けた。 「万が一って何だ?」  とパッスンさん。 「僕らが全滅するという可能性だよ」  アランさんが言うと、パッスンさんは不満そうな顔をする。 「ゴブリン三十匹程度に、俺たちが後れを取るって?」 「三十匹ならな。問題ないだろうさ」  アランさんは言った。 「だが、百匹ならどうだ? 二百匹なら?」  パッスンさんは口をつぐんだ。  確かにアランさんの言うとおりだった。十倍というのは、最低でもそれくらいはいるぞという数だ。それをはるかに超える数のゴブリンがいたとしても、ちっとも不思議ではない。 「衛兵隊やギルドでも最低限の警戒はしてくれているだろうが、いきなり百匹のゴブリンに襲われる可能性があるとは思っていないだろう。だから、まずはこの情報をギルドに届けておきたい」  アランさんは私たちの顔を見回した。  言いたいことは、私にもわかった。  報告するためには、誰かが戻らないとならない。それを誰にするのか、ということだ。  まず、除外されるのは狩人のパッスンさんだ。  パッスンさんがいなければ、そもそも足跡の追跡ができない。  となると残りは、リーダーの軽戦士アランさん。  重戦士のドスンさん。  そして魔法使いの私。 「僕はパーティのリーダーとしてこちらでの任務を遂行する」  アランさんは言った。 「だから、残るはドスンとフィリマだけど……」 「俺は残る」  ドスンさんがぼそりと言った。 「俺は足が遅い。街へ戻るにも時間がかかる」 「そうだな」  まるで最初からそのつもりだったみたいに、アランさんは頷いた。 「フィリマ、ギルドに戻って応援を呼んできてもらえないか」 「いやです」  私は答えた。 「ゴブリンの数が多ければ多いほど、私の魔法が必要になるはずです」  どんなに優秀な戦士でも、一度に相手できる敵の数は限られている。  単体では弱い敵が大群でいた場合、それを一網打尽にするのは魔法使いの役目だ。 「短剣を見落としたのは、僕ら“白い燕”のミスだ」  アランさんはきっぱりと言った。 「だから、危険は僕らが負う」  それに、ドスンさんとパッスンさんも頷いた。 「行きな、フィリマ」  パッスンさんが言った。 「もしあんまり数が多すぎるようだったら、遠巻きに見張っておくからよ」 「大丈夫だ」  とドスンさん。 「でも……」  戦士三人のパーティ。絶対に魔法使いの力が要る。 「私も“白い燕”の臨時メンバーじゃないんですか」 「そう言ってくれる気持ちは嬉しいよ。僕らだって君のことを大事なメンバーだと思っている」  とアランさん。 「でもここは譲れない。フィリマ、頼む」  とアランさん。  うー……。  今、この場のリーダーはアランさんだ。リーダーの指示には従うべき。それは、軍にいた私にとっては当然のことだった。  でも……。  あの頃は、指揮官の指示に従って部隊が全滅したとしても、それはやむを得ないことだと思っていた。  自分が死ぬのも、いずれ順番だと思っていた。  だけど、私はもう軍人じゃない。  軍をやめた。  自分の生き方そのものを変えるために。  それは何でかっていえば…… 「悩んでいるようだな、ヒト科の諸君」  そのきっかけをくれたふこふこが、ローブの袖から顔を出した。 「とりさん」  とりはいつものようにふっこりと胸を張った。 「聞けば、誰かがこのことを報せに街に帰らなければならないという。その役目、ぼくらが果たそうではないか」 「えっ?」 「なあ、ねこくん」 「はいさ!」  ねこもぽこりと顔を出した。 「リサさんに伝えればいいんでしょ? ぼく行くー」 「そういうわけで」  よっこいしょ、とか言いながらとりが地面に下りた。ねこもふころん、と地面に着地する。 「ぼくらが行ってくるので、ゴブリンどもにはよろしく伝えてくれたまえ」 「とりさん、ねこくん、いいのかい?」  アランさんの言葉に、ふたりは頷く。 「まかせたまえ」 「おおぶねにのったつもりで」 「……フィリマ」  アランさんは私を見た。 「君はそれでいいのかい」 「ええと」  私はふたりを見た。いつも通りのふこふこ。それが、すごく頼もしかった。 「お願いしてもいい? けっこう遠いけど」 「心配ご無用」  とりがふこりと手羽を上げた。  かあ、と空でカラスの鳴き声がした。  あ、もしかして。  そうだよね。この子たちに、心配なんていらない。 「さあ、行くのだ。フィリマとそのゆかいな仲間たちよ」 「……うん。分かった」  私はアランさんに向き直った。 「この子たちに任せます」 「分かった」  アランさんも頷いてくれた。 「では、この四人で追跡を開始する」
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