35 だいじょうぶだ。

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35 だいじょうぶだ。

   ***  飛びかかってきたゴブリン二匹を、ドスンさんの斧がまとめて薙ぎ払った。  その後ろから短剣を突き立てようとしたゴブリンの額に矢がつき立つ。  パッスンさんの射撃の腕は正確だった。  矢の数には限りがある。パッスンさんはやみくもに矢を無駄にすることなく、仲間が危険に陥りそうな時を見計らって撃ち込んでいる。 「さすがです」  隣に立つパッスンさんに声をかける。パッスンさんは小さく頷いてそれに応えてくれた。  前面に立つ戦士のドスンさんとアランさん。その後ろにやや距離を取って私とパッスンさん。  足跡を追跡した私たちの前に現れたのは、ゴブリンの大群だった。  とっさに私たちは森の中の隘路に陣取った。それに対して、ゴブリンは数に任せて波状攻撃を仕掛けてきた。  その数は三十をはるかに超えていた。  すでにドスンさんとアランさんの周囲にはゴブリンの死骸がいくつも散らばっている。だけど、ゴブリンの攻勢は衰えない。  錆びた短剣や粗末な棍棒で武装したゴブリンどもが、次から次へと。  それを薙ぎ払うのは重戦士のドスンさんの役目。軽戦士のアランさんは本当はもっと広い場所でスピードを生かした戦いをしたいんだろうけど。  ここでそれをやってしまうと、隘路をふさぐことができない。仲間がゴブリンに囲まれてしまう。  だから、アランさんは得意ではない戦い方を余儀なくされている。  彼のフォローは私の役目だ。  アランさんの武器を強化し、その盾に光を与え、手の回らないゴブリンを狙撃する。  それは私のような、なんというか――ちょっと大雑把な魔法使いには、結構難しい作業だった。  細かい標的を捉えるのが苦手な私は、武器強化はドスンさんのもまとめてやらせてもらったし、なんなら先頭のゴブリンの錆びたナイフもちょっと切れ味が増してた気がする。  盾に光を与えた時には、アランさんの上半身全部が光ってしまって、パッスンさんに「眩しくて的が見えづらい」とアランさんが文句を言われていた。ごめんなさい。  エネルギー弾での狙撃は、本当に気を付けないとアランさんの後頭部に炸裂することになるので、ものすごく慎重に行った。そのせいでタイミングを失してしまったことも幾度か。  そのたびにパッスンさんがフォローしてくれた。  申し訳ない。  ゴブリンの数の多さに加えて私のそんなポンコツぶりもあって、私たちは徐々に押し込まれていた。  私たちのパーティには、回復役の神官や治療師がいない。一人の負傷が命取りだ。  誰かが戦線を離脱したら、たちまち戦力バランスが崩れる。  だから、絶対に怪我はしてはいけないんだけど……  アランさんが切り捨てたゴブリンの影から別のゴブリンが飛び出す。  それを予想していた私は、そこにエネルギー弾を打ち込む。けれど、アランさんが素早く体をひねったのを見て、同士討ちを避けようとしたら狙いがずれてしまった。  エネルギー弾が地面を削り、アランさんの脛にはゴブリンの棍棒が叩きつけられた。 「ぐうっ」  アランさんがうめく。 「アランさん!」 「大丈夫だ!」  アランさんはそのゴブリンを切り捨てた。けれど、明らかに動きが鈍った。  狭い場所でも身体をしなやかに動かして戦っていたアランさん。足の負傷は命取りだ。  たちまち防戦一方になった。  彼の動きが安定しないので、私も魔法を撃ち込めない。フラストレーションがたまる。 「ぐうっ」  今度はドスンさんがうめいた。  アランさんの動きが落ちたせいで、ドスンさんの負担が大きくなっているのだ。  がちん、とドスンさんの鎧の表面でゴブリンの短剣が音を立て、火花が上がる。  ドスンさんの掲げた盾に、ゴブリンの投げた石つぶてがばらばらとぶつかる。  このままじゃまずい。。  それは、今までに何度も感じてきた、敗戦に至る空気。  全滅。  それも、決して大げさではない。  この空気を感じたら、何かを変えなければならない。  判断に迷ってそのままずるずると行けば、待っているのは死だ。  見定めなさい、フィリマ。  教官の声が聞こえた気がした。  教官の厳しい目が、私の背中を見つめている。  見定めなさい、フィリマ。戦況を見定めて、自分ができるこの部隊にとって最善の方法を採りなさい。  了解しました、クラカディル教官。  心の中の教官に返事をする。  もう戻れなくなるかもしれないけれど。  それでも、この人たちを私のミスの犠牲にするわけにはいかない。 「アランさん」  アランさんの肩をぐいっと引いて、私は前に出た。 「おい、フィリマ!」 「何を」  パッスンさんとアランさんの声が交錯する。  構わず、私は自分の体をゴブリンの攻撃に晒す。  自分に向けられる剝き出しの殺意。  それが私の中のスイッチを切り替えさせた。  かちり。  見える。  ゴブリンの動きが。  こちらに駆けよってくる、ナイフを振り上げる、よだれまみれの口を大きく開けて叫び声をあげる、そのすべての動きが、細かな筋肉の動きまで、鮮明に。  最初のゴブリンは、極小の光球で両目を潰した。視界を失ってもがいたゴブリンが後ろのゴブリンの邪魔をするうちに、次の獲物を見定める。  一つ、二つ、三つ。  三匹の視界を奪うと、そのせいで後続の勢いが衰えた。  その隙に、右手を大きく振る。作り出した鋭利な真空の鎌で、ゴブリンの首を飛ばしていく。  七匹の首を刈ると、私とドスンさんの前からゴブリンがいなくなった。 「うお……」  アランさんのうめき声。  次。  二匹のゴブリンの頭がぱん、と爆発した。  止まらない。止まれない。  ゴブリンの振り上げた腕が、短剣ごと凍り付く。  次。  スイッチはもう戻らない。  私は、きっともう―― 「てええーい!」  ぽすん。  いきなり頭に何かふこりとしたものがぶつかった。 「えっ」 「とーう!」  ほっぺたにも、ふこっとした何かが。 「えっ、えっ」  次の瞬間、私たちの背後から無数の矢が飛来して、ゴブリンたちに突き刺さった。 「待たせたな、アラン!」  ジョイスさんの声。 「来てくれたのか」  アランさんの声が弾んだ。  っていうか、このふこりとしたふたりは。 「フィリマ、その力はもう使わなくていい」  とりが言った。 「がんばったね、フィリマ」  ねこも言った。 「でも、もうだいじょうぶ」 「うむ」  とりがふっこりと頷いた。  私たちの脇を、応援の冒険者たちが駆け抜けていく。  浮足立ったゴブリンどもは、たちまち駆逐されていく。 「だいじょうぶだ。なにせ、ぼくらが来たからな」  とりが言った。  いつの間にか、スイッチは戻っていた。 「……うん」  私はふたりをぎゅうっと抱きしめた。
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