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36 表彰された。
退治されたゴブリンの数は、五十匹を超えた。
私たち四人だけで戦っていたら、いずれやられていただろう。
生き残るためには、私がスイッチを入れるしかなかった。
そして、戦いが終わるころにはきっともう戻れなくなっていた。
とりとねこの呼んでくれた応援が間に合わなかったら。
とりとねこは驚くほどの速さで応援を呼んできてくれて、そしてそのおかげで私は今もこうして私でいれる。
負傷したアランさんとドスンさんは、治癒神の神官に治療してもらった。幸い、けがは大したことなかったようで、二人ともすっかり元気になった。
今はもう、とりねことじゃれている。よかった。
出発は日の出前だったのに、諸々を終えて冒険者ギルドに帰ってきたときには、もうすっかり日が暮れてしまっていた。
ハードな一日だった。本当に。
カウンターで書類にサインしていると、リサさんに声を掛けられた。
「明日、アランたちと一緒に市政庁に行ってきてね」
「え? 市政庁ですか?」
「そうよ。大きな仕事だったから」
とリサさん。
なんでも、ゴブリンの侵入を防いだ関係で、いろいろと報告することがあるんだそうだ。
冒険者の請け負う仕事の中にはいくつか「要報告依頼」っていうのがあって、ゴブリンとの直接の戦闘もその中に含まれるんだとか。
ゴブリンとどのように戦ったのかっていうことは、市政庁のお役人さんも知っておきたいってことだろう。
「功績が大きいと認められれば、表彰されることもあるのよ」
「表彰!」
リサさんの言葉に、最も名声に目がないとりが早速反応した。
「表彰してもらえるのか、ぼくらが!」
「すごい!」
遅ればせながらねこも反応する。
「名誉市民!」
「もののふ!」
「あー、うん。ええと、あなたたちはどうかしらね……」
リサさんはちょっと困った顔をした。
それはそうだろう。
ぬいぐるみを表彰する街はないと思う。
「フィリマが表彰されたら、それがあなたたちの名誉ってことに」
「えー」
「フィリマだけかー」
案の定、ふたりはぶうぶう言い始めた。
ちょっとかわいそうだけど、すごく期待して行ったものの表彰されなかったときのがっかり具合はこんなものじゃないだろうから、そこはちゃんと言っておかないと。
「ぬいぐるみは難しいと思うよ。ほら、市民登録をしてるのも私だけだし」
そう言ってみたけど。
「いいな、人間は。ぼくらだって表彰されたいぞ」
いじいじ。
「化繊だからって表彰してくれないなんて」
いじいじ。
ああ、めんどくさい。
「私だって、別に表彰されるって決まったわけじゃないから」
私は言った。
「表彰とかに興味ないし」
「でも表彰されたほうがいいだろうが」
背後から空気を読まないおっきな声で言ってきたのはジョイスさんだ。早速お酒を飲んでる。
「フィリマは何か商売をしてえんだろ? だったら、こういうときにちゃんと名前を売っとかねえとよ」
「あ、はい…」
それはそう。それはそうなんだけど、今はあんまり言わないで。
「ああ、それはいいね、ねこくん。フィリマだけが名声を博して、洗濯石がいっぱい売れるといいね」
いじいじ。
「うん、そうだね。そうしたらぼくらの呼び込みなんていらなくなるだろうから、ぼくらはマルクさんのお店で3マグくらいで売ってもらおうよ」
いじいじ。
「もう、そんなこと言わないで」
と、そのとき。
にゅっと太い腕が突き出された。
「わっ」
ドスンさんだった。
「ん」
とドスンさんがとりとねこに差し出したのは、二枚の1マグ硬貨。
でも、ただのコインじゃない。
古い1マグ硬貨に小さな穴を開けて、そこにそれぞれ赤と青の紐が通されてて、メダルみたいになってる。
「なにこれー!」
「かっこいいー!」
とりとねこのテンションが一気に上がった。
ドスンさんはごっつい手でとりとねこに首から1マグメダルを掛けてくれた。あ、ふたりにちょうどぴったりのサイズ。
「白い燕賞だよ」
アランさんがドスンさんの後ろから言った。
「とりさん、ねこくん、今日の勝利は君たちのおかげだ。僕らの感謝の気持ちを受け取ってくれ」
「やったー!」
「表彰されたー!」
「名誉市民!」
「ハイソサエティ!」
とりとねこはカウンターの上でくるくる回ってハイタッチしている。
「ありがとうございます」
喜びすぎてお礼も言わない二人に代わって、私が言うと、アランさんは笑顔で首を振った。
「お礼を言うのはこっちのほうだよ。フィリマ、今回は君たちと仕事ができて本当に良かった」
その言葉に、ドスンさんも頷いてくれる。向こうの席に座ってパイプをくゆらせているパッスンさんも、こっちにちらりと視線を向けて微笑んでくれた。
「いえ。私のほうこそ……」
そう言いかけたところで、なぜか涙がこぼれた。
慌てて下を向く。
「おい、アラン! お前また女泣かせてんのか!」
ジョイスさんの声、でっかい。
「いや、ちが……っていうか、またって何だよ!」
アランさんも慌てているのが声で分かる。
「うひょー! 見て、とりさん、かっこいい!」
「かっこいいよ、ねこくん! ぼくのも見てくれ!」
「とりさんかっこいい!」
「うふふふふ」
「あはははは」
ふたりのはしゃぐ声が聞こえる中、私はしばらく顔を上げられなかった。
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