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5 とりとねこが大ピンチ!?
結局、親切なお兄さんの正体は、すりだった。
そして、目付きの悪い怖そうな男の人の正体は、私服の警士さん。
道に座り込んでいる無防備な私を見て、ツェディク上級警士さんは、これはきっとすりに狙われると直感して、離れたところから見張っていたらしい。
うう、私ってそんなに一目で分かるほど間抜けですか。
市場の端にある派出所でいくつかの書類にサインしたところで、私の役目は終わった。もう帰ってもいいみたいなので、ぬいぐるみのお店についてツェディクさんに訊いてみた。
「ぬいぐるみということは、マルクの店だな」
ツェディクさんは派出所の台帳をぱらぱらとめくって、それから立ち上がった。
「今日は西の方に出しているはずだ。一緒に行こう」
「え、そんな。いいですいいです」
私は慌てて顔の前で手を振る。
大きな市の立つ日だけあって、派出所はかなり忙しそうだった。ツェディクさん以外に私服や制服の警士さんが五人くらいいるのだが、みんな出たり入ったり慌ただしい。休むことなく働いている。
「行き方さえ教えていただけば、自分で行きます」
「君一人で行かせたら、またすりに遭うかもしれないからな」
そ、そんな……。
どこまで頼りなく見えるのだろうか。
私はこう見えても、数か月前までは軍に所属しておりまして……。それはもう、大変血なまぐさいお仕事を……。
「すまん、ちょっと出てくるぞ」
ツェディクさんが言うと、ほかの警士さんたちはみんなツェディクさんの部下みたいで、「はい!」と元気よく返事をする。
「さあ、行こう」
「ほんとに、いいんですか。お忙しそうですけど」
「いいんだ。俺も息抜きの口実になる」
そう言って、ツェディクさんは少し口元を緩めた。
あれ。笑うと意外と優しい顔なんだ……。
なんて思っていたら、もうさっさと歩き始めている。ああ、はぐれないようにしないと。
すたすたと歩くツェディクさんに置いていかれないように人ごみを歩くこと、約十分。
「君が探していたのは、あの店だろう」
ツェディクさんが指差したお店は、時間が経ったせいで、積まれていたぬいぐるみの山はかなり小さくなっているけど、間違いない。あのぬいぐるみのお店だ。
「あ! あれです!」
思わず歓声を上げる。
「どうもありがとうござ……ああーっ!!」
「どうした」
お店の売り場の一番前に、とりとねこがふこりと座っていた。
ふたりとも、首から値札を下げている。
「かわいいねこ」が5万マグ、「すてきなとり」が12万マグ!?
「と、とりとねこがとんでもない値段で売られてるぅー!!」
「なに?」
ツェディクさんの目が鋭くなった。
「あれは君のぬいぐるみなのか?」
そう訊かれたけど、今はそれどころじゃない。
私はお店に駆け寄った。
「すみません! この子たち、うちの子で! 合わせて17万マグなんてとても出せないですけど、あの!」
「おお、フィリマが来たぞ。ねこくん」
「ほんとだー。おそーい」
とりとねこが呑気にふこふこと手羽と腕を振る。
「さあ、ぼくらを買ってくれー」
「買って買ってー」
「買えないけど、今助けてあげるからね!」
値札なんか掛けられちゃって、かわいそうに。しかもこんな子供みたいな字で、5万とか12万とか法外な値段を書くなんて。ぬいぐるみ屋さんのくせに、なんてひどい人なの!
私は店主のおじさんを、きっ、と睨んだ。
するとおじさんは、
「ああ、よかった。持ち主さん?」
と、ほっとしたような顔をした。
「やっと来てくれたか」
「え?」
「いや、俺も困ってたんだよ。そのふたりが売り物に紛れ込もうとするし、挙句の果てには勝手に自分たちに値段を付けて売られようとするし」
「……え?」
私はもう一度、とりとねこを見た。
確かによく見れば、値札に書かれたその子供みたいな字は間違いなくとりとねこの筆跡だった。
「……何してるの、あなたたち」
「いや、ぼくらの価値をみんなに知らしめようと」
「そうそう。あのおうちがもう一軒買えるくらいのお値段を」
「やめなさいっ」
ふたりをいっぺんに掴む。
「むぎゅ」
「もぎゅ」
「すみませんでしたっ!!」
思いっきり頭を下げると、店主のおじさんは気さくな口調で言った。
「いやあ、いいんだよ。その子たち、うちの商品を売るのも手伝ってくれたし。なっ」
「そうだぞ、フィリマ。ぼくら、おじさんのぬいぐるみをたくさん売ったんだぞ」
とりが得意そうに言う。
「ぼくらが呼び止めると、結構買ってくれるんだよねー」
ねこもふこりと胸を張る。
「いや、ほんとにいつもの倍くらい売れたんだよ」
おじさんはホクホク顔だ。
「そ、それはおめでとうございま……す……?」
「それで、最終的にはぼくらも買われてみようじゃないかと」
「そうそう」
「それでここに並んでみたんだが」
「誰も買ってくれなかったねー」
とりとねこは残念そうに顔を見合わせる。
「さすがに高すぎるよ」
と苦笑いするおじさん。
「12万マグって、家までは買えないけど、魔動車が二、三台買える値段だぜ」
「えー、だけどフィリマはこの値段で家を」
「やめなさい」
余計なことを言おうとしたとりの口を塞ぐ。
「むごごごご」
「おねえさん、最近この街に来たのかい?」
「あ、はい」
私はもう一度ぺこりと頭を下げる。
「魔女のフィリマと言います。よろしくお願いします」
「やっぱり魔法使いさんか。そんな不思議なペットを飼ってるんだもんな、そりゃそうかぁ」
「誰がペットだー」
「ちがうぞー」
私の手の中でとりとねこがじたばたと暴れる。
ああ、うるさい。
「ええ、まあそのペットと言いますか、同居人と言いますか」
「賑やかでいいな」
おじさんは私たちを見て、にこにこと笑う。
「これも何かの縁だ。困ったことがあったら言ってくれ。そのふたりに仕事を手伝ってもらったお礼に、何でも教えてやるよ」
「ありがとうございます、助かります!」
市場に店を出している人なら、いろんなことに詳しいだろう。願ってもない話だった。
「どうやら解決したようだな」
背後から、冷静な声。あっ、そうだ。この人のことを忘れていた。
「ありがとうございました、ツェディクさん」
私は振り向いて頭を下げる。
「おかげでこの子たちを回収できました」
「そのようだな」
ツェディクさんは薄く笑う。
「最初はマルクが勝手に他人のぬいぐるみを法外な値段で売ろうとしているのかと思ったが、どうやらそんな話じゃないようだな」
「やめてくれよ、ツェディク」
マルクと呼ばれた店主のおじさんは苦笑する。
「俺がそんなことするわけないだろ」
「それじゃあ、俺は職務に戻るとするよ」
ツェディクさんはそう言うと、踵を返した。
「俺は五の付く日の大市には、いつもさっきの派出所に詰めてる。何か困ったことがあれば訪ねてくることだ」
「は、はい。ありがとうございました」
ツェディクさんは一度軽く手を上げると、そのまま人ごみの中に消えた。
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