天使なんていらない

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****  背後にいた不審な羽の人は「ウリエル」と名乗っていた。  四大天使のひとりだったような気がするけれど、キリスト教の細かい宗派の中でもいたりいなかったりする天使だから、よくわからない。 「それでそのウリエルがなんの用?」 「あんたの守護天使枠が空いてたから、そのまんま居着くことにした。誰か埋めておかないと、あんたが死ぬからな」 「物騒!」  私の悲鳴に、ウリエルはカラカラと笑った。 「あんたやけにオーバーリアクションだな?」 「なりたくてなってる訳ではありませんがっ!?」 「他に聞くことないのかよ」  それに黙り込んだ。  あなた私の幼馴染にそっくりだけど、雨くんのこと知ってる? そう聞きたかったけれど、私は言えなかった。  雨くんのことを笑い飛ばされてしまったら、私はこの守護天使を殴らないといけない。殴れるのかは知らないけれど。 「……着替えるときとかトイレとかお風呂のときはどっか行ってくれる?」 「見ない見ない。そもそも天使が色欲に墜ちてどうする」 「……天使ってもっと白い服のイメージがあったけど」 「教会の神父もシスターも服黒いだろうが」 「それもそうか」  そういえばそうだったと思いながら、私はウリエルに見守られながらの生活を開始した。  でも話を聞いていたものの、守護天使の穴が空くことなんて滅多にないらしく、私の場合はなんでいなくなってしまったのかがわからないとのこと。  そしてウリエルは、ちっとも優しくなかった。  私は記憶力があまりよくなくて、暗記でやらないといけない勉強は本当に駄目だった。それをウリエルはビシバシ言ってくる。 「覚えるだけなんだからできんだろ。ほらやれよ」 「だから暗記だけってのが苦手なんだってば」 「ならあんたなにだったらできるんだよ」 「……読解力とか?」 「文章読むだけだろうが。答えが書いてあんだからクソだろ、そんなもん」  なんでもかんでもすぐ馬鹿にしてくるし、なじってくるし、やじってくる。  なんでこんな性格が悪い人が雨くんと同じ顔して私の守護天使をしているのか。  たった三日間でへこたれた私は、とうとうウリエルに枕をぶん投げるようになった。ウリエルはひょいと避けるため、部屋のドアにガンッとぶつかる。 「晴、うるさい!」  親に怒られるのは私だった。 「……意地悪するんだったら帰って」 「帰れる訳ないだろ。仕事なんだしさ」 「他の人置くことできないの!?」 「できないんだってば」 「帰って! もう嫌い! 意地悪ばっかり言うあなたなんて、大嫌い! なによ、雨くんと同じ顔して、雨くんより優しくなくって、雨くんの顔で雨くんが絶対にしないことしないでよ!」  とうとう私が大泣きし出したのに、ウリエルは顔をしかめた。 「はあ? あんたの幼馴染がなんだって?」 「……なんで知ってるの」 「そりゃ守護天使だから。守護対象の情報は抜くだろ」 「……なんで雨くんと同じ顔なの」 「言えねえ」 「出てってー!」  私がわんわん泣き出したあと、ウリエルは溜息をついて、透明になって消えてしまった。また私を馬鹿にしているのか、それとも透明になってこちらを監視しているのかはわからないけれど、私はそれにグスグスと泣いて、膝を抱えて眠り込んでしまった。 **** 「馬鹿だね、守護天使を遠ざけるなんて」 「人間って馬鹿だね。本当に己の欲求にばかり従って」  クスクスクスクス。  こちらを嘲る声が聞こえ、寝ぼけていた私は目を覚ました。電気は消していなかったはずなのに、何故か部屋が真っ暗だ。 「……なんで?」 「あんたは守護天使を弱体化させる素質があるからね。特殊体質さ。そのおかげではかどるはかどる。人間の魂狩りが」  こちらを見ていたのは、ギョロリと目を向いた三白眼の男の子たちだった。大昔の歌手みたいにやけに露出度の高い真っ黒な服を着て、剥き出しの背中には真っ黒なこうもりみたいな羽を生やしていた。  それに私はギョッとする。 「なんなの……」 「あのときも楽だったね。守護天使がいなくなったから、付け入る隙だらけ」 「でもあのときはこいつの魂奪えなかったね」 「庇ったからね」 「……へ?」 「ウリエルの守っていた人間だね。あんな高名な守護天使がいておきながら、人間の乗り物で呆気なく死ぬんだからさ」 「あの魂は美味かったね。守護天使に守られた人間の魂は格別だったね」 「…………っ!?」  その言葉に、私はわなわなと震えた。  雨くんの魂は、天国に行ったんだろうと漠然とそう思っていた。でも、違った。  そしてウリエルが私に対して意地が悪かった理由もわかってしまった。  ……自分が守っていた対象が庇った末に死なせてしまったんだから、そりゃ私のこと大嫌いに決まっている。 「……雨くん、ウリエル……ごめんなさい」 「ああ、ああ。悲しいね。魂がどんどん淀んでくね」 「その淀みを受けて、守護天使もどんどん弱っていって消えてくれるんだからね」 「その真っ黒に淀んだ魂は格別だね」  やがて、悪魔二匹は、こちらをニィー……と笑ってぎょろりと向いた三白眼で私を見ると、口を開いた。  二本の牙は、鋭利に光っていた。 「それでは」 「いただきま」 「……勘違いすんなよ。別に守護対象を放置なんかしてねえ。これだけ卑屈になってたら、勝手に悪魔を誘き寄せるだろうから、撒き餌に使っただけだ」  そう言って、大きな十字架が振り下ろされた。途端に悪魔に突き刺さる。  プシャーと血しぶきを噴き上げたものの、不思議なことに生臭くもなく、血を噴き出すだけ噴き出したあと、悪魔は呆気なく消えてしまった。 「なっ……なっ……」 「あのなあ。守護対象が死んだからって、それで守護対象が守った対象を恨む訳ないだろ。むしろ守護対象死なせた元凶を憎むわ」  ウリエルはそう言って、もう一匹残った悪魔にも、血を滴らせた巨大な十字架を向けた。 「俺の気が変わらない内にさっさと帰れ。あと俺の守護対象にいい加減手を出すな」 「ピギッ……ギギッ」  悪魔は恐怖で目と口からダラダラ液体を垂れ流すと、そのまま去って行ってしまった。  私は呆気にとられてそれを見ていた。 「……雨くん。悪魔に魂を食われたって、本当?」 「本当」 「食べられたら、もう……生まれ変わることもできないよね」 「悪魔に食われたら消化されておしまいだ」  そう言われて、私は「ごめんなさい……」とウリエルに謝った。 「なんで?」 「私はあなたに恨まれるだけのことをした。そもそも……雨くんが私を庇って車に轢き逃げされたなんて知らなかった」 「あれは、雨が勝手にやったんだ。あんたのせいじゃねえよ」 「……あなたが雨くんと同じ顔なのは」 「あれはあいつから名前をもらったからだ。名前をもらった守護天使は、名付け親と同じ顔になる」  私はそれで、雨くんのことを思い返し、グズグズと泣いた。それにウリエルは溜息をついた。 「だから泣くなって。そもそも、あいつはあんたのことを好きだったが、あんたの枷になりたくなかったんだよ。あんたの特異体質も知ってたしな」 「……悪魔もさっき、私は守護天使を弱体化させるって」 「そうだな。あんたは気が滅入ると悪魔を引き寄せるし、守護天使の羽から力を奪ってしまう。たまにいるんだよ、そんな凶運体質が」 「ごめんなさい」 「だから謝るな」  ウリエルは十字架を消して、振り返った。 「あんたが生きてりゃ、それだけで雨の供養になるだろ。そう思って生きてろや。あんたのこと心配して俺を送り出した雨の身にもなってみろ」 「……うん。雨くん、ごめん……」  きっと私は雨くんのことを忘れられないし、次に進むのはもうしばらく先だ。  それまでは、ウリエルと一緒に頑張って、毎日をなんとか生きてみるよ。 <了>
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