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カーンカーンと地元の教会の金の音が響く。
私はその音を耳にしながら、そっと溜息をついて歩いていた。
大昔、教会は格好の遊び場だった。
教会で働くシスターさんのつくったお菓子を食べ、教会の中の庭で遊び回っていたのだ。地元でも教会は信者さんだけでなく、地元の人の溜まり場のひとつで、そこでときどき神父さんのお話を聞いたりしながら、そこで遊ぶのが好きだった。
そこで一緒に遊んでいたのは、ちょうど教会の裏に住んでいた雨くんだった。賢い彼はポケット聖書を持ち歩き、それを毎日読んでいた。
賢くない私は聖書の中身を読んでもちんぷんかんぷんだったけれど、その都度彼が中身を教えてくれた。
漠然と、きっと彼と私は結婚するのだろうと思っていた。今時結婚には金がかかり過ぎるため、事実婚のほうが推奨されがちだけれど。彼とだったらまあいっかと思っていた。
……雨くんがいきなり轢き逃げに遭うまでは。
彼は帰らぬ人となり、教会で葬式が行われた。いつも遊んでいて馴染み深かった教会が、その日から妙に怖いところに変わってしまった。元々うちは仏教なため、それ以降教会に一歩も足を踏み入れていない。
ただ教会の鐘の音を聞きながら、彼のことについて思いを馳せる毎日である。
****
雨くんがいなくなってからも、私の人生は残念ながら続く。
中学校で好きな子に死なれてしまった私は、残りの人生をどうやり過ごそうかと思いながら、高校に進学した。年相応の誰かと付き合ったとかいう話が聞きたくないという投げやりな理由で女子校に通いはじめた。そこはキリスト教系列であり、朝になったらシスターの話があるという学校だった。
早速学校選びに失敗したなと漠然と思っていた中「まあいいじゃん」と声をかけられた。
……女子校に男はいない。男性教師も既婚者しかいないという徹底具合だった。
私は思わずバッと鞄を盾にして、辺りを窺った。
「そこまで怖がらんでも」
「え? ええ? え?」
教会のステンドグラスにはたびたび天使のモチーフが見えた。そのモチーフのような羽を生やした、どう見ても日本人の男の子が立っていたのだ。ただ。
「……雨、くん?」
「誰それ」
彼は鼻で笑った。
雨くんは真面目な男の子だったし、なによりも享年十四歳で、中学生にしても小柄な部類だった。でも今目の前にいる男の子は。
真っ黒な学ランみたいな服を着て、身長は180は越えている……ただ顔は雨くんのふくふくとした頬が削げ落ちたらそうなっていただろうというような、精悍な顔つきをしていた。
「……なん、で? というか誰?」
「あんまぶつぶつ言わないほうがいいよ。あんた周りから変人みたいに見えるからさ」
「へっ?」
彼の指摘通り、周りはこちらを怖々と、あからさまに私を遠巻きにして下校している子たちが見えた。そして。
雨くんそっくりな羽の人は、誰も視線を向けていなかった。女子校に通う子には二種類いる。男が欲しくて欲しくて飢えている獣と化した子か、男に全く興味がなく日々の生活を謳歌している子かのどちらかだ。羽の人に視線を向けない訳がない。
もしかしなくても。
「……あなた私にしか見えないの?」
「そうだな」
「誰っ!?」
私が変なポーズで威嚇しているのは、やはり遠巻きにされていた。
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