理系女子!茂木さんの華麗なるカモフラージュ

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俺は、自分が通う大学内のコンビニでバイトをしている。 そして、毎日来店する『ある客』が、非常に気になっている。それは、いつも疲れた顔でドリンクを買いにくる、白衣の女性のことである。 彼女のことが気になっている理由は、2つある。 ひとつは、彼女がものごッッッつい美人だからだ。美人の中でも俺のタイプ寄りの美人。黒髪だけどちょっとハーフ?っぽいのがイイ。いっつも疲れた顔してるのも、死ぬほど、イイ。 もうひとつは、彼女が買っていくものにある。それは毎回、決まってエナジードリンクと『謎のグミ』なのである。そう、彼女が買うのはただのグミではない…幹型のグミに様々なフルーツのグミがあらかじめ実っており、消費者サイドはそれをもいで食べることが暗に示された『もげもげフルーツグミ』なる怪奇極まりないグミ菓子なのだ。 『もげもげフルーツグミ』通称『もげグミ』は、店長が完全なる気まぐれで発注しているので他の客には見向きもされない日陰者だが、『白衣の彼女』だけはなぜか日々執拗に買い求める。 もしかしたら、グミだけ買うのが恥ずかしいから、そのカモフラージュにエナドリもついで買いしてるのかも…。妙齢の女子が、わざわざあんなもんだけ買いに来る勇気があるとも思えんしな。 バ先の外国人店長、ソムチャイさんは言う。 「仕入れ、やめようかナ…」 「やめないでください。」 「…。」 ソムチャイさんはバイトリーダーから自力で店長にのし上がった猛者だ。自力でのし上がった猛者のくせに、面倒な客が来ると日本語が分からないフリをしてバイトに投げるので他のバイトからは大概嫌われているが、困ったときの真顔が面白いから俺はそんなに嫌いじゃない。 ソムチャイさんはしばし例の真顔で俺を見つめていたが、ちょっと考えた後『まっもうちょっと様子見ルカ…』と奥へ引っ込んでいった。 まずい、このままでは彼女のグミ…ひいては「グミが目当ての彼女」がこの店から消え、「グミが目当ての彼女が目当ての俺」が不幸になってしまう!!!俺はバイト後すぐの講義の間、ずっと打開策を考えていた。ちなみにその講義のテストは全部落ちた。 そして、講義そっちのけの俺の脳みそは、ついに思い至った。 他の人気グミに乗り換えさせたら良いのでわ…? 俺、天才か。というわけで次の日シフトに入った俺は、さっそく『もげグミ』の横に人気ナンバーワングミを並べてみる。仕込みは上々。 そもそも彼女は、もげグミのどこがいいのか?一回買って食ってみたが、何が美味いのかひたすら解せない。とりわけ『バナナ』がマズい。『もげ』の中でも『バナナ』のグミが、泣き叫びたくなるほどにマズい。そもそも、バナナとメロンを同じ木に実らせていいのか。そんな雑な実らせ方では、子供に間違った理解を植えつけるだろう…フルーツだけにな…。閑話休題。 単に彼女が、他のグミの味を知らない不幸美女なだけかもしれない。これはぜひとも、人気ナンバーワンに味を占めてもらわねば。彼女ひいては俺自身の未来のために!!あっ、言ってる間に来た!来てるよ彼女!! レジにやってきた白衣の彼女は、努力空しくいつもと同じ『もげ』とエナドリを手にしていた。俺は内心全力で『そっちじゃねェー!!』と絶叫しつつ、まだだ…まだ終わっちゃいねえと奥の手を繰り出すことにする。彼女が疲れた顔で台に商品を置いた途端…俺はレジ下にしのばせた『隠しグミ』を取り出したッ! 「…新発売のこちらも、おすすめですッ!」 思いっきり声が裏返る。白衣の美女はビクッと肩を震わせ、俺が出したグミを凝視する。たっぷり数秒は硬直した後、彼女は逃げるように店を出ていった。 俺は茫然と、会計を待たずして置き去られた『もげグミ』ならびにエナドリを見つめる…。 終わった… まさか、俺自身の手で終わらせることになろうとは…… はたして彼女は次の日も、その次の日も来なかった。 もう、何も手につかない… もういっそ、クソマズくていいからグミになりたい… そしたら彼女に食ってもらえるのに……… バイトが終わって呆然と店を出ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。なんとそこには、白衣の彼女が立っていて…何と!さらに信じられないことに、彼女はこの俺を待っていて…とかなご都合展開はもちろんありえなくて、正確には俺が店を出たら偶然彼女が立ってスマホを眺めていて、偶然そこが俺のバ先の前だった…という感じ。 …という感じ。ではあるものの、いてもたってもいられない俺は彼女に声をかけた。 「あの!!いつもここで買い物されてますよね?」 「はっ?」 「あ、や、すいません俺、ここの店員でして…。」 「あ、『グミの人』…。」 「はい…?」 奇遇だなあ、あなたも俺の事…『グミの人』だと思ってたんですね。奇跡のシンクロニシティーに気をよくした俺は、ついに積年の疑問をぶつけることにした。 「あの、変な事きいてもいいですか…『もげもげフルーツグミ』、お好きなんですか?」 「え…。」 彼女は思い切り眉根を寄せる。同時に、彼女と俺の間にはピシャーン…と冷たい空気が流れた。そりゃあそうだよな~、『グミの人』としか思ってなかった野郎が急に話しかけてきてさあ、それもまたグミの事なんだからさあ~!!俺もういっそ、『グミんなさい』とかグミ的台詞を言い捨てこの場を去るべきなのかなあ~!!! 脳内で『もげもげフルーツグミ』のCMソングが爆音再生するのを尻目に、彼女はなんか話し始めている。え?まって脳、曲止めて。 「あれは違くて…カモフラージュっていうか、なんていうか。」 「カモフラージュ?」 「はい…いや、『この女、エナドリばっか飲んでんな~~』って思われてないか気になって…毎回『真逆なもの』といっしょに買ってたら、ちょっとはごまかせるかなって。」 え、彼女のなかでエナドリの対局が『もげグミ』だったの?ってことはそもそもカモフラージュって、エナドリのカモフラ…?俺の口から本音が漏れる。 「そんなことのために、毎回あのクソマズグミを…?」 「…また明日っ。」 彼女は顔を真っ赤にし、踵を返す。呆然と彼女の背中を見送りつつ、俺は考えていた。 『また明日』…てことは、明日も来てくれんの?っていうか、カモフラージュって何よ…もしかしてそれって、俺に良く思われたくって…って事ぉぉぉ?! 都合の良い妄想で頭をいっぱいにした俺は、満面の笑みで明日もがんばろっ☆と思うのだった。(おわり)
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