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不安だらけの摩天楼
「「ほげー。」」
「あの、人んちで奇声発しないで下さい。」
伊澄のマンションに入るやいなや、私とシズクの口から何かが漏れ出た。感嘆・畏怖・興奮・緊張その他がないまぜになった情けない何かである。
伊澄君のおうちは、控えめに言って…うん、とっても良いマンションだ!!!!
伊澄は厳重なロックを指でさくさく解除しては、ロビーやらラウンジやらの各種ラグジュアリー空間どもを、無感情に通過していく。びんぼうぐらしの私とシズクはいちいち感動せずにいられない。
「見て下さいマキさん!あのイスすっげえ高そうっすよ!」
「あーあれ中世ヨーロッパの貴族が座るやつ。歴史の教科書で見たことあるやで!」
「ちょっと、本当にやめて…。」
ハイテンションな貧乏人に道中辱められ続けた伊澄だったが、部屋のドアの前に着いた途端不自然に動きを止める。小さく両手を前に出し、くるっと我々に向き直った。
「んー…ストップ。」
「「え?」」
伊澄はなぜかちょっと顔を赤くし、俯いた。
「片付けるので、ちょっとだけここで待ってて下さい。」
「え、いいよそんな気を遣わなくても。」
「いや…うーん…まあ、そっか。じゃ、その…はい。」
謎の葛藤を乗り越えた伊澄は、小さくため息をつきドアロックを解除した。
「(とか言って、ぜったい私の部屋よりキレイなんだよ…)」
「(ま、マキさんの部屋汚くないっすよ??俺も掃除してますし)」
「静粛に静粛に…。」
伊澄はいつもよりどこかなげやりに、部屋のドアをばーんと開け放った。
「どーーーぞ。」
「ほらあ~やっぱり私の部屋よりキレ…」
『イ』とお世辞を言いかけた私は、軽い後悔に襲われた。…やばい!伊澄君のうち私んちより散らかってた!!シズクは反射的にお世辞を飲み込んだ私と冷たい目の伊澄を見比べ、顔面に『ハラハラ』という文字を浮かび上がらせている。あっここで、伊澄が顔に『ほら見ろよ』と言わんばかりの自嘲を浮かべてしまった!どうするマキ!!
といっても…
伊澄の部屋はゴミや衣服が散乱しているたぐいの汚さではなく、散逸しているのはどれも辞書やレポートの紙、筆記用具といったものばかりだった。しれっとハイエンドなノートパソコンも2、3台転がっている。
彼の部屋がここまで荒れているのは…大学の勉強用以外に、研究活動に力を入れているからではないだろうか。
「君は…真面目な子なんだねえ…。」
伊澄は目を丸くし、ふはっと吹き出す。
「なんですか、その感想。素直に『汚い』って言えばいいのに。」
「ごめん、変なこと言って。」
「いや、部屋見てそんなこと言われたの初めてだな。大体嫌な顔されるから…。」
なんかありがとうございます、と微笑まれ、私もなぜか笑顔になる。そこでふいにシズクが、おずおずと手を挙げた。
「あー、あの。ペットが発言しても良いでしょうか。」
伊澄の目に突然冷気が宿り、私は咄嗟にそれを躱した。
「…どうぞ。」
何ともしぶしぶ許可してくれたが、彼は『私の』ペットで、決定権は我にありだぞ。シズクはむっとしつつもあざす、と敬礼した。
「ちょっと早いかもしれないですけど、夜ご飯…俺が買うか作るか、しましょうか?」
「えっ先生…この魚、料理出来るんですか?」
「うん!刺身とか煮魚以外なら何でも作れるよ!」
「はい!死んだ魚以外ならだいたい調理できます!!」
「じゃあ僕、海鮮丼が食べたいかな…捌きたての。それも生のままおろすみたいな、できるだけ残酷な感じで調理して……」
「お前ケンカ売ってんの??」
「えーだって、だめって言われたら余計食べたくなりません?笑」
私は二人の間に割って入った。
「まーまーこらこらとりあえず、とりあえずね、イライラしないの!これはやっぱ、二人ともお腹空いてるからだね!だからシズク、何か適当に買ってきてもらえるかな!これでいいよね!!」
言い終わった瞬間、私の腹がすごい音で『ぐぅー』と鳴る。
「あっ…。」
「マキさん…。」
伊澄は服の袖で顔を覆い、全力で笑いをこらえていた。
「陶野君、もういいから普通に笑いなさい。」
一方シズクはなぜか涙目になっている。
「マキさんすいません、俺全然気付かなくて…。マキさんが一番お腹空いてたんですね!!とっとと行ってきます!!」
「…そういうの地味に一番つらいよっ!!」
「っていうか、マキさんお願いしますよ?俺が戻ってきた時コイツになんて言われても、中に入れてくださいね??」
伊澄の小さい舌打ちにビビりながら頷くと、シズクはちらちら振り返りつつ部屋を出て行った。もしかしたらシズク…ちょっとだけ伊澄を立てた?のかもしれないな。なんて、思い過ごしかな…?
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