不安だらけの摩天楼

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もう?って結構時間たった気がするけどシズクがやっと帰ってきたらしい。 一体どこの店まで行ってきたんだ…ってかあいつそもそもだけど、あの時どうやって海まで来た……? 「こらこら、はるばるおつかいしたお魚に失礼でしょうが。」 「俺は、ずっと先生とこうしてたいのにな…。」 「ウグフッ」 私は反射的に伊澄から目をそらす。この子たぶんいま、全力で『テンプテーション』発動してる!!見たらたぶんなんか…なんか…めっちゃエロい事態に発展しかねん…気がするっ!!はいはいはいはいと適当にいなして立ち上がったが、伊澄は真面目な声を出す。 「俺…あのお魚見てたら、たまになんか、懐かしくて切ないみたいな気持ちになるんです。なんででしょうか?」 伊澄は冗談めいてふっと笑ったが、実は私もそうだった。でもそれはたぶん、シズクの雰囲気がどこか、イズクおじちゃんに似ているからなんだ…君には言えないけど。 「私も。よく分かんない魚だよね、本当。」 笑い合って伊澄もソファーから立ち上がったが、部屋から出ようとする私に『待って』と声をかけた。 「部屋…どうしますか?」 「え、どうって。」 「客間もあるんですけど。俺は…せっかく来てくれたのに、って思ってます。」 伊澄は顔を隠すように目を伏せる。…私と同室で眠りたいと言っているのだ。 同室で眠ったことはすでに2回ある。でも、今回のは明らかに、性質が違う。焦りから、本心が滑り出た。 「確かに今日私…君にいっぱいひどいことをした。でも、『だから意に沿う』っていうのは違うよ。こういう事は、もっと君に向き合って決めなきゃダメだから…だからごめん。」 「…その通りですね、俺…焦ってました。ガキみたいにがっついて…」 「いや、そんな…。」 「いえ、本当の事なんで。それに俺も、欲求不満にまかせて変なことしちゃうかもしれないし…そんなのもう、絶対嫌だし。」 伊澄はちょっと困ったように微笑む。 「…ご飯食べたら、送りますね。」 「うん…。」 伊澄はくるっとドアに向き直り、『確かにそろそろ開けないとやばいな~』と鼻歌交じりに歩き出す。そんな彼の腕を、私はとっさにつかんでいた。 「ま、またいろいろ話そうよ。陶野君の話も…もっと聞きたいし。」 驚いた伊澄の顔が、なぜか急に冷気を宿した。 「…甘い。色んな意味で甘い、甘すぎる。」 伊澄は乱暴に私を抱き寄せた。 「よくそれで年上ヅラできるよな、本当に…。」 「え!?お…怒ってる!?」 伊澄は何も言わないが、完全に怒った顔をしている。 「…俺も我慢するから…先生もちょっとは、我慢して下さいね。」 『!?!?!?』という文字が脳内を支配しつつ、ふわん、と伊澄の香りが広がった。 「…いい匂い…」 あ、しまったこれ、完全に…しまった。ガッ!と自分の口を押さえたが、もう遅い。伊澄の目は鋭くなり、抱きしめる力がさらに強くなった。 「…好き?この匂い。」 「えっ…分かんない…ですけど。」 だめだ。だめだだめだ、これだめだ。色んな気持ちが混じって混じって、無能な私はただうつむいた。 「ふーん…。」 伊澄はたっぷり間をもたせた後、『先生』と私を呼んだ。 「っ…。」 意を決して顔を上げると、伊澄はそっと、私の顎を持ち上げた。やばい…でもなぜか嫌じゃない。むしろ私は…頭の中が甘くとろけた瞬間、ぱっ、とその手は離された。 「あー、我慢しなきゃ、でしたよね。」 「…へ?」 至近距離で間抜け顔をさらした私に、伊澄は美しく微笑んだ。 「『寸止め』って、案外ドキドキしますよね?」 「はっ…はぁ!??」 「…お腹空いてきたし、そろそろ中入れるか~。」 平然と置き去られた私の体には、抱きしめられた感触だけが妙に生々しく残っていた。
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