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テンションマックス 憧れのハイ・エンド
翌日。
授業中それとなく教室を見渡してみたが、伊澄はどこにもいなくて私は落胆した。あまりにも気まずい別れ方だったから、少し様子が気になっていたのだ。
鳴り響くチャイムと同時に『次回小テストでーす』と叫び終え、多分聞いてない学生たちと同時に教室を後にする。
…家に帰ってテストでも作るか。
帰路につくと、大学近くのパーキングに見覚えのあるレ〇サスが停まっている。そしてそのすぐそばに、これまた見覚えのある人物がうずくまっていた。近寄るごとにそれは確信に変わり…間違いない、伊澄だ。
「ちょっ、陶野君?こんなとこで何して…酒くさっ!」
流れるようにディスってしまったが、うずくまる伊澄からは明らかに『基準値以上』のアルコール臭がただよっていた。
「あ、先生…ちょっとバイトで……水と間違えて日本酒…飲んでしまって……」
「お、Oh…。」
この伊澄が、水と間違えて昼からキメてしまったというのか。しかもバ先で。あまつさえお酒強そうなのに展開が意外すぎる。なすすべもなく私はレ〇サスを見つめた。シルバーのレ〇サスも、心なしか心配そうにたたずんでいる。
「店長にはもう帰れって言われたんすけど………運転できなくて……」
「当たり前だよ!私が警察だったら乗ってないけどすでに検挙してるわ!!」
「…もしかして、先生免許持ってたりしませんか……」
うっ、この流れってもしかして?
「い、一応もってるけど…?」
「ごめん、マジで、う…うちまでお願いします………」
言いながら伊澄は無責任にキーを解除し、助手席に乗り込んでしまった。私は思わず頭を抱えた。まってまって!この私がレ〇サス運転とか……
え…まって…私がレ〇サス運転…していいの??
思いがけずやってきた人生のミラクルハイライトシーンに、私の胸は高鳴り始めた。お恥ずかしながら私は、人生一度はレ〇サスを所有ならずとも運転してみたいと思っていた貧乏人・前田マキ…この先に待つのは最早、アメージング・エクスペリエンスのみッ!ペーパー歴など関係ねぇ!俺に従え伊澄のレ〇サスゥゥゥッ!!
・・・
でかいカーナビモニター&高音質ステレオによる道案内の甲斐もあってどうにか我々は無事無事故無違反で伊澄の自宅へ到着した。手負いの伊澄をかばいつつ、どうにか部屋まで連行する。
「部屋の中まですみません……」
「いや、ここまできたら仕方ないし…ってか君の車、すっごく良かったよ!」
思わず漏れ出た賛辞だったが、伊澄は明らかそれどころじゃねえという風に頭を押さえる。
「…今度ディーラー紹介しますよ……」
「あっそれは大丈夫です…。」
よろつく伊澄を何とかソファーに着地させ周囲を見渡す。
「水とか飲む…?」
ソファーでぐったりしている伊澄は、腕で目を覆いつつうんうん頷いた。うちのキッチンより遥かに豪華ながらまったく使われていない感のあるキッチンで水を汲んで持っていくと、なぜか彼は慎重に匂いを嗅いでいる。
「な、どしたん。」
伊澄は小さく首を振り、語り出した。
「俺のバイト先、仕事中水とか自由に飲んでいいんですけど。」
「うん」
「そのへんに置いてあった水勝手に飲んだら油性ペンみたいな味して……う゛。」
味を思い出したのか、伊澄は口元をぎゅっと押えた。伊澄!それ水やない…大分麦焼酎〇階堂や!!私は何とも切ない気持ちになったが、気を取り直して肩をさすってやる。
「まぁでもさ、限界まで飲んだらどうなるか知っておくのも社会勉強って言うじゃん。だからまぁ、勉強になったと思ってゆっくり休みな…ほら、眼鏡も取って、寝なさいな。」
「……」
伊澄は言われるがまま眼鏡を取り、ぽすんとソファーに横たわる。…ガチのマジでしんどそうだが、普段小生意気なだけに、ここまで大人しいと可愛げがあるわぁ~。いかんいかん。伊澄もしんどそうだし、早くここから退散しよう。
この子もこのまま寝てたら大丈夫だろ、だってほらさっきから顔真っ赤にしてハァハァ言ってるだけだし
「…おぶっ(鼻血)」
「先生…?」
「何でもないごめ…いや何でもなくない鼻血でた。ティッシュもらいます。」
「勝手にどうぞ……。」
何の気なしに伊澄を見たら、色気が壮絶すぎて鼻血が出た。もうやだどうしてこうなるの。さっさと帰らねばマジで私が重傷負うわ。鼻血がようやく収まったところで、私はようやく言葉を切り出した。
「どうかなー、ちょっとは落ち着いてきたぁ?」
「…帰るんですか?」
伊澄の目が一瞬で冷ややかになった。うっ、やっぱ鋭い酔っ払いのくせに。
「いやー…ていうかもう、することないでしょ?」
すると伊澄は怒ったような顔で手を伸ばし、私の手をぎゅっと掴んだ。
「そばにいてください。」
「子どもじゃあるまいし…」
そばにいてって、それが一番やばいねん色気がもうはんぱやないねん!!『テンプテーション』スキルに『泥酔』バフ重ね掛け状態の無双エルフによる超近接『いっしょにいたい』は、もうオーバーキル回避不可の必殺スキルなんや。
なるべく目を合わさないように虚空を見つめつつ、ぎゅっと握られた手をよじってみたが、びくともしない。異常なまでに伝わる熱、興奮を帯びた息遣い、じっとり汗ばんだ互いの手…この誘惑、本当に無自覚なのか??
しかし、ほだされるのも大概にしなくては。中途半端な気持ちで流されてはいけない。私は焦りに任せ、一思いに伊澄を見つめ返した。
…伊澄は怒っているような、それでいて今にも涙がこぼれ落ちそうな表情をしていた。それを見た瞬間、凍り付いたように身動きが取れなくなる。
その表情はなぜかあまりにも、最後にイズクおじちゃんが見せた表情そっくりだった。
怒涛のように感情があふれだし、反射的に腕を伸ばして伊澄を強く抱き締める。伊澄が驚いて、小さく声を上げた。
「せんっ…」
おじちゃんはもういない。でも、確かに彼が『ここにいる』…第六感めいた確信に脳を支配され、これまで押さえつけていた感情が迸った。おじちゃんが突然いなくなったあの日から、いや、いなくなってしまうもっと前から…ずっと私はこんな風に、おじちゃんを強く抱き締めてみたかった。
脳が痺れるような快感に呆然としていると、急に身体を引き離される。声を上げる間もなく頬に手が添えられ、深くゆっくりとした口づけが始まった。
「んっ」
「……っ」
そのままソファーに押し倒され、甘い感触に身を任せる。意識が飛びそうな恍惚状態の中、私はふっと口走った。
「イズク…おじちゃん…っ」
身体中に走っていた快感が、ぴたりと止まる。
「…誰それ?」
伊澄は馬乗りの姿勢のまま、じっと私を睥睨していた。その目はさっきまでと同じ人物とは思えないほど、恐ろしく冷め切っている。
「あ…」
どこから説明したらいいのか。軽いパニックになった私は、ただ黙り込む。伊澄はさっと身体をどけソファーに乱暴に身を預けると、頭を抱えた。
「帰ってください…どうかしてます。」
「…ごめん。」
私はそのまま逃げるように、彼の部屋を後にした。
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