ドキドキ大救出

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ドキドキ大救出

翌日。 「おはよう~」 「おはようございまーす…」 私より早く起きて人型になっていたシズクは、難しい顔でスマホの画面を見つめている。 「どうかしたの?」 「いやー…あはは。ちょっとバイトのことで。…最近、毎日同じ人から依頼来るんですよねー。」 街のイケメンとして密かにSNSを賑わせているシズクのことだ。私は思った通りのことを口にした。 「シズクのファンとか…!?」 シズクは一瞬肩を震わせたが、すぐ屈託のない笑みを浮かべた。 「そんなぁー、あははははー」 「いやいや、まじだってー」 「…だったらどーしよ??」 シズクの笑みはすっかり苦笑いに変わっていた。が、『どーしよ?』と聞かれて私に出来るのは、せいぜい脳内で脳天気カーニバルを開催するのみだ。 かといって何もしないのは申し訳なさすぎるので一応考えるフリをしていると、健気なシズクはッシ!と気持ちを切り替え、行ってきマッス!と出ていってしまった。 シズクのファン…。あながち間違っていないようで心配だ。珍しく不安そうなシズクの様子も気にかかる。なぜか胸騒ぎがしたが、私もそろそろ行かないとやばい時間だった。 学食でランチをとっていると、突然シズクから電話がかかってくる。普段めったにない電話なので、即座に今朝の『ファン』の会話が頭をよぎった。 「もしもし…」 「マキさん助けて!!」 案の定 ああ案の定 案の定 前田芭蕉。とりあえず電話越しのシズクが、小声に聞こえる範囲内で最大の叫びを上げていたので、緊急事態的なことだけは理解した。 「ど、どうしたの!?」 「え、えっと、なんき…いや、ちゅうきんっ!おれいま『ちゅうきん』されてるんスよ!」 「ち、ちゅうき…『軟禁』か!!それってやっぱ、今朝の人?」 「ビンゴ。普通にヤべー人でした。なんか無理やり家に引っ張り込まれて、部屋に閉じ込められちゃって…やば、来る!俺の居場所は位置情報で特定してくださいとりま切りますねっ!」 小声でまくしたてる電話が切れるやいなや、私は即座に食堂を出た。 ・・・ スマホのGPS機能で特定したシズクの居場所は、なんのことはないごく普通の一軒家だ。ふぅーっと息を吐きドアベルに手をかけた直後、ふと気付く。 …私、何ら武装等の準備してないよ?? 奥から屈強な男×2とか出てきたらどーすんの? せいぜい猫だまししかできないよ? いや、でも迷っていても仕方ない。なんとかなるさ正義は勝つ!と迷いを振り切りドアベルを押す。数秒後、インターホンから女性の声がした。 「…はい。」 「あの、つかぬ事をお聞きしますが…ちょっと前に、配達頼みませんでしたか?」 「は?」 「いや、下手したら警察沙汰なことが、ここで起きてるかもしれないんで。」  数秒で考案した『威嚇』だったが一応効果があったのか、ドアが少しだけ開かれた。数センチだけ顔を見せた女性は予想外に普通の人だったが、はかりしれない闇の気配をまとっている。 「…なんなの、あんた。」 女性がまとう負のオーラに気圧されつつも、私は頑張った。 「フードデリバリーの宅配員がこちらに『お邪魔してる』と思うんですが…」 「はぁ?いないって。」 ほ、ほぉ~ん…知らぬ存ぜぬという訳ですかねっ!! 恐怖が度を越してイラッときた私は、その場でシズクに電話をかけた。 「もしもしシズク?」 「あ、マキさんん~っ」 仔犬のような声出しやがって…今助けてやるからな!! 「いい?今からこれまで生きてきた中でいっっっちばんでかい声出しなさい。」 「あ…はいっ。」 一瞬で事態を悟ったのか、すうううう、と息を吸う音が響く。同時に私は、耳からスマホを離した。 「マキサァァァァァァーーーンッ!!!!」 シズクの絶叫が明らかに家の内部からも響き渡り、勝利の確信と同時に、どこかで聞き覚えのあるフレーズ感に思わず女性と目を見合わせた。…いや、音程とテンションがもう元モー娘。と結婚した人のそれなんよ。 女が立ちすくんだままなのを良いことに、すかさず内部にカチコんだ。 「シズクゥーッ!」 「マキサァーンッ!」 「シズクゥーッ!!」 「マキサァーンッ!!」 『ミキ〇ィー』的応酬である部屋のドアにたどりつくと、そこはなんともシンプルなことに棒が1本つっかけられているだけだった。拍子抜けしつつ棒を取り去ると同時に、中からシズクが飛び出してきた。 「あ、マキさん~ッ!」 今にも私に抱きつきかねないテンションのシズクをいなしつつ『棒1本で捕獲されてんなよ…』と内心呆れていると、背後から女性(犯人)がドカドカ走ってきた。 「勝手に人の家上がり込んで何してんだよっ!ってかあんた、何者なんだよっ!」 女性の剣幕に、私も負けじと声を張り上げた。 「何者ってなんすか!『飼い主』ですけども!!」 「かっ…えっ、飼い主えっ…ハァ??」 「ハァってなんだよ飼い主だよ!!…あ。」 やべっ、勢い余ってバチクソ変な空気になった!!案の定この人情報処理追いついてない!!もういっそ、この世には双方の合意に基づく特殊な人間関係も存在するのだよ…と教訓を与えつつ退散しようと決めた矢先、傍観していたシズクがスッと歩み出る。 「いや、この人彼女っス、俺の。」 ドーン!!!!という無言の衝撃波が空間内に炸裂する。女性と私の口はあんぐり開いた。が、あくまで真顔を崩さないシズクを見てとると、女性はぺったんと床に尻もちをつく。 え、ちょ…私が彼女(仮)でそこまでショック受ける?? シズクの発言も中々にショックだが、『彼女』扱いにそこまでショックを受けられることもまたショックだ。しかし、シズクはさも当たり前のように顔をのぞきこんできた。 「俺の彼女だもんな??」 「え……ハイ。」 ってか近ッ!顔かっこよッッ!いやそうじゃねぇだろ全力肯定だ!!首がもげんばかりに頷きまくると、シズクも満足そうに微笑んだ。クソッ、地味に主導権握られてる…いや悔しがってる場合じゃない。問題は、この女性をどうするかだ。私とシズクは、呆然と独り言を呟き始めた女性に冷ややかな視線を送った。 「嘘……そんな…こ、こんなっ……」 ガックガク震える女性のリアクションにひたすらショックを募らせていると、シズクは私の肩に肘をつき体を寄せてきた。今にもほっぺたがくっつきそうな距離感だ。 「なーーこの人どうする?」 「ぐ…(ちょっと!!)」 「どうする??」 私の牽制に臆する様子は微塵もないが、堂々としたシズクは正直頼もしいことこの上ない。私は女性に考えを告げた。 「あなたがやったこと、かなりヤバいとこまでいってると思いますけど…大事にしたくないので今回は見逃してあげます。でも次があったら即通報ですからね…多分ですけど私、あなたのアカウント知ってますから…身バレ垢バレ住所バレ済ですよ?下手したら警察より怖いよ??」 「ヒッ!まって炎上だけは…。」 「一発で血祭りパニッシュメントだよ…?」 「マ、マキ…」 完全に犯人女性のメンタルブレイクが完了したのを確認し、我々は踵を返した。しかし、女性は最後の力を振り絞り、背後からシズクの腕をはっしと掴む。 「この人が彼女とか、本当は嘘なんでしょ?本当はただの知り合いとか…でしょ?」 一瞬でシズクの顔に殺意が走る。 「だってこんな地味な女が彼女なわけ…」 「…俺の彼女バカにしてんの??」 シズクの額の青筋を見ると同時に、私はまーまー!と女性の手を解いた。 「いいからいいから!早く行こ!」 シズクの手を取り『ねっ!』と笑いかけると、どうにか怒りをこらえたようだった。その代わり思いっきり『彼氏感』を見せつけることに決意したらしく、これみよがしに私の肩を抱きよせる。 「そうだな。さっさとこんなトコ出て、イチャイチャしよーーぜ!」 「デアッ」 イケメンとの身体接触に奇声が漏れ出たのも構わず、シズクはさらに強く体を密着させてくるのだった…。 ・・・ 女性の家を去り数分後。家から完全に距離を置いてからも、シズクは私の肩を抱いたままだ。 「い、いや~無事出てこれて良かった~ってか彼氏ブラフはナイス機転!ありがとね!」 『彼氏のフリもういいよっ』とさりげなくアピるが、シズクの手の力は一向に緩まない。 「え、シズク?」 すると、シズクは急に立ち止まり、その場にうずくまった。 「こ、こわかったぁ…」 「…いや、新喜劇かい!」 「…?」 「あーごめんこっちの話…て、大丈夫?ちょっと座ろっか!」 近場のベンチにどうにか腰掛させると、シズクの手はかたかたと震えている。…そりゃ、本当は非力なお魚だもんな。胸がぎゅっと締め付けられる。 「…もうバイトなんかしなくていいから!」 「マキさん…。」 すると、シズクは急に力強く私の手を握り返す。 「違うんですマキさん。俺、思うっす。」 「え…?」 シズクの瞳は、何やら謎の決心に燃えていた。 「バイトは続けます。その代わり…ブラフでもいいからとりあえず、俺の彼女になって下さい!もういっそ、彼女いるって積極的に示してった方が、こういうこと無くなると思うんで!!」 「…ン?」 いや、それ私に危害及ぶくね??冷たい汗をかき始めた私に構わず、シズクは勝手に意志を固め始めていた。  「とりあえず、明日休みですよね。だからデートしましょう!いやして下さい俺とデート!!」 「君さあ…もしかしてこの状況、利用しようとか考えてない?」 ぎくっとシズクの肩が跳ねるが、シズクも引く気はないようだった。 「…ぺ、ペットを守るのは飼い主の義務でしょ!」 「や、やはりか…囚われの姫のくせに逆ギレすんな!!」 「は…白馬の王子様なんだから、助けたついでに協力くらいしてくれてもいいじゃないっすか!!」 「王子に多くを求めすぎや!!」 逆ギレ気味のシズクに押し流され、結局明日は『偽装カップル』として彼氏(仮)のシズクとデートをすることが決定してしまったのだった…。
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