私の頭の中のアンミカ

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私の頭の中のアンミカ

『相談したいことがある』という内容を年下にどうメッセージしたものかと悩み抜き至極ビジネスライクなものにはなったが、ダメ元で連絡したところ秒で既読がつき、あっという間に会う約束がとりつけられた。 『では土曜日の12時、現地集合で。』 『了解しました。』 ・・・ 「ちょ、もー!さすがに1時間はマズイよマキ殿ッ!さすがに1時間遅刻は陶野氏に殺されるですゾー!!」 約束の土曜日、きっちり集合時間まで寝ていた私は完全に自我を失った状態で、靴下を履きながらスマホをカバンに放り投げ、スマホを床に叩きつけてはスマホを撫でさする。 「逝ってきます!!」 靴下を履く間も惜しみ、結局私は裸足にスニーカーで部屋をあとにした。 ・・・ 「…というわけでどうしたらいいか分からなくて、男子およびシズクと面識ある方としての意見を聞いてみたいと思いまして…。」 「…。」 いつにも増してイケメンに見える伊澄は、明らかに苛立ちを隠しきれない様子で静かに脚を組み直した。 そしてこの私、いつにも増してちゃんとしてない前田マキは、にわかには信じがたいハイレベルイケメンににわかには信じがたいクレイジーな悩みをにわかには信じがたい大遅刻の後打ち明けている(今ココ!)。 自分自身が生み出したクズすぎる現実をコミカルに意訳して心の安寧を保ってみたが、もはや明らかバチギレのイケメンはしばらく考え抜いた後、やっと重い口を開いた。 「…状況を整理させてください。」 「は、はい。」 こうして、伊澄がブッキングしてくれた超絶オシャレなカフェの個室にて、 いつもよりどこかイケメンな判事 『冷血の伊澄(※辣腕)』 バーサス いつもよりちゃんとしてなくて靴下履いてない被告人 『大遅刻のマキ(※どう考えても有罪)』 の断罪裁判が開廷した…。 「連絡先交換してから、一週間も既読放置。」 「うっ」 放置というか、単に喪女からイケメンに贈る言葉が見つからなかっただけなんだが…まあ当たっている。 「で、いきなり『相談したいことがあるから2人だけで会いたい』と。それでその相談が、『飼ってるお魚のシズクくんが人化しなくなったのはなぜなのか』。」 「……。」 改めて聞くと、よくもこんなトンデモ相談に貴重な土曜を割いてくれているものだ。そりゃあ突然会おうって言われてこんな相談されても、バカにされてるとしか思わないよ…あまつさえ放置&遅刻までされ…。 申し訳なさでスポンジのように縮こまるしかできないが、私がミニマムになったところで過去は変えられない。そうこうしているうちに突然、伊澄は大きく息を吸う。あ、これ怒鳴られるやつだ。覚悟して目をつぶった瞬間、はあぁーっ…と大きなため息が聞こえてきた。 「…すいません僕どんな顔したらいいんですか?」 「え…?」 「いや、もう色んな感情が混ざりすぎて…吐きそうです。」 「嘘!?」 両手で顔を覆いうなだれている伊澄の声は、ガチのトーンだ。 「まってとりあえずトイレに!」 私は猛然と伊澄の隣に回り背中をさする。すると、それを待っていたとばかりにその手を掴まれてしまった。 「わだ!?」 そのまま強く引きよせられ、ものすごい眼光が至近距離に迫る…と同時にドスの利いた声が耳に届く。 「嘘ですが。」 「そ、そりゃぁ…よかった。」 そりゃぁ良かったけど…伊澄はそのまま掴んだ手を離さない。 「あ、あの〜…」 掴まれた腕を振ってみるが、効果はゼロだ。 「勝手に近付いてきたのはそっちでしょ。」 「いやこれは単に、君の体調を心配した処遇でして…」 「あーーー元気な僕には興味ないってことですか。」 伊澄はつまらなそうに手をぱっと離し、そっぽを向いてしまった。 「いや別に、そういうわけじゃ…ってかそもそも、興味うんぬんの話じゃなくて!」 しかし伊澄は黙るばかりで、成り行きで横並びに着席したまま個室に気まずい空気だけが充填されていく…。あぁもうなぜこんなことに…ってまぁ、何かと種を蒔いてるのは私なんですけども。よし、もうこうなったら全力で謝ろう。もうそうするしかねぇ。私はパンパンに詰まった気まずい空気に、ついに穴を穿つことにした。 「あのー…ホントに色々ごめん。遅刻とか説明が足りなかったのはもちろんごめんですが、既読放置に関しては単に何返したらいいか分からなくて…っていうのもあって…。」 「…まぁ、そんな所だとは思ってましたが。」 「ああ…。」 そのまま何も言えず、沈黙が訪れる。意味もなくアイスコーヒーを飲んでいると、ふと伊澄がつぶやく。 「だっせぇな…」 「えっごめん」 反射的に謝罪すると、伊澄は目をキョトンとさせた。 「いや、僕がですが。」 「?」 「…めちゃくちゃ楽しみにしてきたんですよ。でも空回ってるわーと思って。」 恥ずかしそうに目をそらす伊澄を見つつ私の顎はパカンと開く。た、楽しみって、私に会うのが? …いや、薄々気づいてはいた。今日の伊澄は普段よりまちがいなく『イケている』…いや私の語彙がダサすぎて、彼の良さを描写しきれてない。 よしせめて、ワイドショー等から拾い集めたあらん限りのオシャレワードでアンミカ風に描写することで償わせてもらおう。 (♪〜←美容室等で漠然と流れているオシャレな洋楽) は〜い、今日の伊澄くんは… シックなカラーリングの上下セットアップに革靴でカッチリした印象を与えつつも、靴下のニュアンスカラーとパンツの丈感でラフさを演出し…(ゼエハア) 髪は、元々の癖を活かしつつもオイルでウエットに仕上げることで『いつもと同じに見えるけど、なぁんか今日色っぽいわぁ〜』ゆう視覚効果を、マキに与えてるわけやね〜(おお~っ←ワイプ芸人の感嘆) ってまあいろいろ御託を述べてきたけど、ひとつだけええかな?なーんかこの子さあ… めっっっちゃええ匂いするんやけど〜!!!(驚愕) (どわーっ!←スタジオ爆笑) ちょっ脳内アンミカ、暴走すんな。まあたしかにこの子さあ… めっっっちゃええ匂いするけども〜!!!!(慟哭) (お前もかーい!!←スタジオ総起立) 他人目線でたしなめてはいたが、脳内アンミカは我が脳内にいる時点で私と同レベルなのだった。まあ、脳内アンミカの無罪と伊澄のグッドスメルは置いといて…たしかに今日の伊澄は、只者ではない。 だってアイスコーヒー運んできた店員さん、伊澄のことずっっっと見てたもん。なんかもう見すぎて、2つとも伊澄の前置いたもん。…いかん、今は会話に集中しなくては。 「か、空回っては、ないよ普通に、いや、普通以上にそのカッ…」 カッコイイしと言いかけて『倫理観的な何か』に押しとどめられる。 「?」 「かっ…しずきたくなる尊さです。今日の君は尊い。」 「…平安貴族か何かに見えてるんですかねぇ。」 「ご、ごめん…。」 「いや…光栄です。」 「はあ…。」 我々はなぜかうっすら赤面しうつむく。うっ、本心を見抜かれているような気がしてつらい……。しかし、どうやらもう伊澄は怒っていないらしい。わたしは小さく咳払いした。 「で、さっき相談した内容だけど…。」 「『飼ってる魚が人間にならなくなったのはなぜなのか』?」 「あ、それです、はい…。信じられないかもしれないけど、本当のことで。」 伊澄は静かに聞き返してきた。 「…僕なら相談に乗ると思ったんですか?」 「う、うん。」 「そうですか…。」 伊澄はしばらく何か考え込んでいたが、やがて口を開いた。 「じゃあ相談には乗ります。っていうか元々、冗談と思ってなかったし。」 「そ、そうなの?」 「そりゃまあ、部屋で色々あった時とか…思い当たる節はあるし。」 確かに伊澄は、突然ビショ濡れのシズクが出現する場面に出くわしたこともある。私の胸に希望が宿った。しかしすかさず伊澄は言葉を継いだ。 「そのかわり相談が終わったら、僕に付き合ってください。」 「え?」 「いや、散々迷惑かけられたので借りは返してもらいますよ?」 僕に付き合えって…とんでもねえ所連れてかれるんじゃねぇか…人体実験施設とか… 胸によぎる不安を裏付けるように、伊澄の笑みはどこまでも不敵だ。 しかしもはや私に逃げの余地は残されていなかった…そもそも犯した罪がデカすぎる。私はしぶしぶ頷いた。 「は、はあ…。」 「じゃ、もっと詳しく状況説明してもらえます?」 「うおお、急に手際良くて怖っ…えっと…」 こうして私は伊澄に、シズクが人間に戻らなくなった原因を考えてもらうことになったのだった。 「つまり、先生の部屋で遭遇した男は、変身したペットの姿。で、先日まで好き勝手変化してたのに、急に魚のまま。先生はその理由が知りたいけど、どうすることもできず困っている。」 「はい…我ながら信じがたい相談内容だわ…。」 ガクッとうなだれた私に、伊澄はただただ首を傾げている。 「…なんで魚のままじゃだめなんですか?先生元々魚として飼うつもりだったんですよね。」 …たしかに伊澄の言うことは一理ある。 「で、でも別れがあまりにも不自然で…何かあったとしか思えないのが気になって。」 伊澄はふーん…と私を探るように見つめ、じゃあ、と言いながら脚を組み替えた。なんてスリムな物体を、なんてスマートに操るのだろうかこの青年は。 「じゃあ、その『なにか』に、思い当たる節はないですか?」 「うーん…魚として泳いでいる様子はふつうだし、体調に問題があるわけではないかなあ。」 「…じゃ、魚に戻る直前に不自然な行動をとったりは?」 「え…。」 『その日』を思い返そうとするが、どうにも脳内の何かがそれをおしとどめる。まるで記憶が炭で黒くぬりつぶされているようだ…でもこの謎を解かなければ…恥を忍んで伊澄の手を借りた甲斐がないッッ!! 『ないッ!!』と同時に心の中の何かを開け放った瞬間、思い出したくない景色がバァンとよみがえってきた。 壁際でカタカタと震える我がペットのイケメン―― 毛布の中で響く化け物めいた我が呼吸音――― 私はヒッと叫んで我に返った。 「あ~〜〜これだ…。」 私はガックリ肩を落とし、頭を抱える。 伊澄は大丈夫ですか?と言いながら肩を撫でてくれた。 「十中八九、普通に私が嫌われているだけですね…。」 伊澄の眉間にむ、としわが寄る。 「先生が嫌われるような事をしたってこと?」 「したというか、させてたというか…まあ、もうとにかく金輪際、私と接触を図りたくないということなのでしょう…。」 「接触??」 伊澄の目が若干怖いが、事実、お察しの通りだ。接触が非常にアダルトな感じであるとは死んでも言わないが。 「いやー…あはははは。とにかく…シズクはもう私と人間として接したくないから魚のままでいるってことなんだよ。」 「原因が見つかったのなら、良かったですけど。」 しかしさらに伊澄はつぶやく。 「あの男がそんな簡単に嫌いになるようには、見えませんでしたけどね…。」 しかし突然伊澄は席を立った。 「原因が見つかったことですし、ひとまず解決ということで…行きましょうか、先生。」 「えっ!ま、まじ…?」 やべーっ!!相談聞いてもらう対価に、人体実験施設でもアイアンメイデンでもどこでもお供するって言っちゃってたわー!!!!
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