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激白!
全身全霊でキョドりながら伊澄の背後に付き従うと、たどり着いた先には至極スマートな高級車レク○スが鎮座していた。
えっ?どういうこと…まさかこの車が伊澄の…という疑念とともに、脳内では
『運転手付きで実験施設確定やん!』
とアンミカが半狂乱になっている。
大混乱をあざ笑うかのように、伊澄は何の苦もなくレク○ス(シルバー)のドアーを私に向かって開け放つ。ガチャ。
「どうぞ。」
助手席の奥の運転席には、ハンドルを握るセバスチャン…などもちろんいない。これはいよいよ、とある事実に直面せねばなるまいぞ…私はゴクリとつばを飲み込んだ。
「陶野君、車持ってるの…?」
「はい。まぁ、母の遺品ですが。」
あ、ああ〜お母ちゃんの…って『母の遺品』が流れるウインカー仕様の時点でたいがいレベチだよお!私は内心の悶々を打ち消すように、伊澄の車に乗り込んだ。
伊澄は運転席に乗り込むと、慣れた手付きでエンジンをかけ(持ち主なのだから当然だ)、さも慣れた手付きで都心の路面を走行しはじめた(持ち主なのだから以下略)。
はわあああかっけぇようらやましいよ…ってかナチュラルに、生徒の車に乗り込んじまったあ!私は死ぬ気で正気を取り戻し、けほんと咳払いした。
「ま、まさか車まで出してくれるなんてね…!?」
しかし伊澄はあくまで冷静な表情で、右にハンドルを切っている。
「一緒に学外歩いてるの、他の学生に見られたらまずいかと。」
「た、確かに…。」
カフェの個室をブッキングしてくれたのにつけ、今日の私は何もかも伊澄まかせだ。そんな私にも、伊澄は明るい声をかけてくれている。
「とりあえず走らせますね…話したい事あったら、なんでも話して下さい。」
ハンドルを握る伊澄は、ちらっと横目で私を見る。
「あ、ハイ…。」
いや…かっこよすぎか。ついに認めざるを得ない。レク○スを難なく駆使する年下に畏怖が止まらないばかりか、整った外見が高級車にまったくひけをとってないのがマジ尊崇に値する。
「…。」
「……。」
というか気まずい、気まずすぎる。かける言葉があるはずもなく、車内にはなんとも気まずい沈黙がおとずれていた。
えぇい、で、でもなにか…何か言わねば…よし、とりあえず思った通りのことを言っちゃおー☆…
「伊澄君、なんか今日雰囲気違うよね~っ…」
しまった声がちょっとバカっぽくなった。伊澄は突然バカみたいな声を出した私に驚いたようだったが、すぐいつもの表情を取り戻した。
「ああ、気合い入れてます。」
「き…気合っ?」
気合ってえと、そりゃあ…私と会うのに頑張って、その…頑張ったってえことか…?信号で車を止めた伊澄はハンドルに両手を預け、カウンターパンチを浴びせるがごとく私を見つめた。
「…変ですか?」
「え?いやぜんっぜん。」
全身全霊で否定すると、伊澄ははぁ〜と言いながら脱力する。
「良かった、死ぬかと思ったぁ…」
「いや、大げさだなあ…。」
「大げさじゃないですよ、本気なんで。」
伊澄が急に静かな声を出したので、車内の時間がガチンと止まる。
「あ、そ、そう。」
なんとか返事(?)を絞り出したが、急に緊張してきた。なんというかこれは…予想外の空気感だ。アダルティーというか、危険というか…。変な汗がでてきたのでハンカチでそれを拭いていると、事態はさらに予想外の方向に走りだす。
「あ、すいません、気付かなくて…」
「ふぁ?」
車内が暑いと勘違いした伊澄は、エアコン周りを操作しにあろうことかその美しい肢体を近づけてきたのである…。うおお、近い!!実際そこまで近くないけど体感的に近い近いってっ!!
あかんと思いつつ、カフェで気付いた伊澄の香りがふわんと鼻先に広がった……ってあかんあかん!!なんか、これマジでアカン!!!!
脳内アラームがガンガン鳴り響き、私は思いっきり体を伊澄と反対方向に遠ざけた。その勢いで側頭部をガラスにしこたま打ち付けゴン!!という鈍い音が車内に響き渡る。
「痛ゥッ…」
「え、大丈夫…?」
「あっ、大丈夫大丈夫!」
しまっ…たぁ〜いろいろ大丈夫じゃねぇ〜!!
頭もやけど、この年で自意識過剰とか…何よりも痛いわぁ〜!!!!
不自然にガラスに張り付く自意識過剰女に、伊澄は至って冷静に声をかける。
「…適当に、温度変えてくださいね。」
「ハッ、ハッ!」
さらにテンパリすぎて、今度は和田アキ子になってしまったぁ〜…もう帰らせてくれぇ、マジでぇ…
側頭部とハートを痛めた私を乗せ、結局何も話せぬまま、車は止まった。
「…なんとなく海に着きました。下りますか?」
ただただ硬直していたので気付かなかったが、そこは海だった。
「あっ、好きなの?」
「???」
『海が』好きなのか聞いたつもりが、慌てて変な聞き方になっちまった。が、伊澄もぴくっと動きを止めるという謎のリアクションを取ったので、車内は妙な空気に包まれた。
「あ、いや…『海』好きなのかなって。」
「あー…好きでも嫌いでもないです。…すいません、忘れてください。」
伊澄は耳まで真っ赤にし、ハンドルに顔を隠す。
なんだこいつ、もしかして私の『好き』って言葉に反応して…か…可愛いでやんの!!!(笑)
生意気&ミステリアスだった伊澄が、急にただの男子大学生に見えてきた。同時に、これをダシにからかってやりたくなる。
「私は海『大好き』かな~!あと、伊澄君の運転も『好き』…」
しまった、思いっきり『勝ち誇った感』がにじみ出た。失敗だ。伊澄はしばし硬直していたが、急にとろけるような笑みを向けてきた。
「『運転』褒めてもらえて嬉しいです…僕も素直な女性は『大好き』ですよ。」
ズギューンと何かが胸に刺さる音がした。いや、女なら誰でも回避不可なのだ。この野郎は報復とばかりに、『こんな表情もできるのか』と言いたくなるほど無邪気な笑顔で、確実に『甘々溺死』させにかかってきやがった。
と思うと伊澄の瞳は急に真剣になり、見る間に車内の空気がアダルトに変わっていく。う…やばい、この男から目が離せない。…このままでは持っていかれる!!撤退!白旗白旗!!
「ううう、海!行こ!早くっ!」
私はほうほうの体でレク○スからの脱出を図った。
フワーッ!今『テンプテーション』スキル発動した??なにあの子、もしかしてエルフの末裔かなんかなの?そういや眉目も秀麗だし…弓とか持たせた方がいい?
・・・
「わー、海だー。」
「海ですねー…って、全然テンション低いじゃないですか。確実に好きじゃないでしょ、海。」
「んー、だって海に入ったら、何にも戻ってこなくなる感じするじゃん…大事なものとかさ。」
「あー…広くて大きいですしねえ。」
やる気のない返答に、私はため息をつく。
「君もたいがい、海に興味ないねえ。」
「先生にしか興味ないんで。」
「あぁ、そうー…。」
この子はまた性懲りもなく…照れ隠しにうつむくと、伊澄は急に距離を詰めてきた。
「毎回そうやって逃げますよね。」
「え、逃げてはない…。」
じり、と後ずさりかけた足を見て、弁解の余地がないことを悟る。
「逃げてます、すいません。」
「…やっぱり、僕が怖いですか?」
「えっ怖くはないけど…。」
夜でないからか、伊澄に対する恐怖は全くない。本心から出た言葉だったが、伊澄の表情はくもったままだった。
「じゃ、なんで僕に向き合おうとしないんですか。」
「それは…伊澄君は若いし生徒だし、ってかそもそも私なんかじゃ釣り合わないっていうか…。」
これもまた本心だが、伊澄は『嘘』と言って私をさえぎる。
「『私なんかが』じゃなくて、単に『僕が』嫌なだけ。それを別の理屈で誤魔化してるんですよ。」
「違うって!自分に自信がないんだって…」
「じゃあ自信があったら僕を受け入れてくれるんですか?」
「ちょっとまって一旦落ち着いて!」
伊澄ははっと我に返り、『すみません』と小さく謝った。それでも、人からここまで真剣に『向き合ってほしい』と言われるなんて…。
私もせめて、今思っている本当のことを話そうと決めた。
「こんなこと言っても困らせるだけかもしれないけど、今私が伊澄君に対して思ってることを伝えるね。実は、私も親いなくて、君とはちょっと境遇が似てるんだけどさ…それもあってか、伊澄君の気持ちが分かったような気になっちゃうときがあって。それで勝手に『あー、私もそうだったなー』とか、『力になれたらいいのになー』なんて思ったりして。恋愛感情ではないけど…少なくとも、君に興味はあるんだよ。」
困った顔をすると思ったが、伊澄の目にはなぜか涙があふれていた。
「あなたのそういう所が、どうしようもなく刺さるんです。」
伊澄の怒ったような悲しいような顔から涙が落ちた。
「落ち着いて…。」
頬の涙を拭ってあげようと手を伸ばしたら、伊澄は急に私を抱き寄せた。
「子供扱いすんなよ。『大人同士』だろ。」
「っ…。」
かんしゃくを起こした子どものような顔だった…はずなのに、その目はあまりにも力強く、目がそらせない。息のかかる距離で見つめ合いながら、どれくらいの時間がたったか。そんなとき、突然女性の声が我々の耳をつんざいた。
「あのっ…びしょ濡れの方が、お探ししてますよっ!!」
「「…?」」
顔を見合わせて声の主を見やった我々は、そこに両足をふんばり拳を握りしめた姿勢の見知らぬ女性を見た。その姿勢たるやまさに、『好きだー!!!』と叫ぶ人のものだった…。完全にあっけに取られた我々を残し、見知らぬ彼女は直角のお辞儀をキメてどこかへ走り去った。
「びしょ濡れの…人?」
伊澄が呟くと同時に、遠くから誰かが疾走してくるのが見えた。だんだん近づいて来るにつれ、あの髪型そして水で変色した見覚えのあるTシャツは………ああ、我がペットのお魚だ…!
女性の言った通り、全身びしょ濡れのシズクが息を切らして現れた。同時に私は伊澄の元を離れ、彼の前に飛び出していた。
「シズク…なんでずっと人間にならなかったの!?」
はあ、はあ、と肩で息をするシズクは、汗か謎の液体か分からない何かを全身から垂れ流しながら言った。
「…俺はもうあなたの役に立てなくなったから!!」
「どういうこと…?」
シズクは顎に垂れた水滴をぬぐいながら、苦しそうに言った。
「『口移し』できなくなっちゃってて…」
「…。」
あ、そうだった。コイツ、私のこと嫌いになってたんじゃなかったっけ…昼間思い出してまた忘れていたはずの黒歴史が脳裏にフラッシュバックする。同時に口から勝手に言葉が滑り出る。
「ごめんねごめんねごめんねごめんねごめん…」
「は?いや、マキさんは悪くないって!!…原因は俺にあって…」
シズクは意を決したように、力強い瞳になる。
「俺、マキさんが恋愛的な意味で好きになってしまったんですよ。『あれ』ができなくなったのは、俺が変に意識してしまったからで……それで今は、マキさんが好きだから、追いかけてきました。」
「…」
「……」
私も伊澄も、何も言葉を発さないまま数秒が経過した。…伊澄は、何を思っているのか…。自分の感情がごちゃついて精いっぱいで、彼の顔まで見れない。立ち尽くす2人を置きざりに、シズクはぐしゃぐしゃ頭をかいている。
「嫉妬で気が狂いそうなんだよ、でも俺もう分かんねぇよ……人間でいていいのかとかもさあ!」
シズクが魚のときの孤独が頭をかすめ、私はとっさに口をはさむ。
「人間でいていいかなんて、いいに決まってるじゃん。そんな事言わないでよ…。」
シズクの暗い目が、静かに私をとらえた。
「あなたを女性として見ててもですか?」
「それは…それは、だめだよ…ペットだもん。」
「じゃあだめじゃん。」
シズクは言葉を重ねてきた。でも、人間でもいてほしいのは事実だ。
「でも…でもどうしたら…うわあああ…。」
シズクは呆れ顔になった。
「どうしたらって、マキさんが俺を男として見たらいいだけの話でしょ。」
「いい加減にしてください。」
そこでようやく、伊澄が口を挟む。
「…後から割り込んできて何なんですか?先生も先生ですよ。本当にさあ…」
伊澄は静かにでも明らかにバチ切れていた。もう殺気がすごい。どうやら同感らしいシズクが静かに息を呑んだ。
「…さらっと告白終わったところで申し訳ありませんが、僕も『マキさん』の事好きなので『ペット』のあなたは諦めてください。」
「誰が諦めっか!望むところだオラァ!!」
シズク…恐怖が拭い去れず声震えてるけど…ってかこの構図ってもしや、
恋のトライアングル………?!!!
とんでもねえ事態がうっすら掴めてきたところで、突如伊澄が地獄のターンを振ってきた。
「先生、今日どっちと一緒にいたいですか。」
「はへ??」
「今晩一緒に明かすならどっちかって聞いてるんですよ!!」
「マキさんそりゃもちろん俺ですよね?あいつただの変態ですよね??」
シズク肩つかんで揺すぶるのやめて!!あと伊澄、目怖いっ!むしろ何か言って!!思考回路が焼き切れた瞬間、私は絶叫していた。
「私…ずーっとみんなと一緒にいたいよーっ!!」
「…。」
「……。」
ザアア…という波の音がやけにでっかく聞こえる。スベったわ。でもこれが私のベストアンサー………!!入水して沖まで流されようと決意した瞬間、伊澄がつぶやく。
「…じゃあさ。『ペット』も一緒に、うち来ます?」
「「…???」」
伊澄の目はどこまでも静かだ。えっこの子どうしたの急に。
「マキさん、今何か俺、とんでもないこと聞いた気がするんですけどもしかして、マキさんもですか?」
「同感よ…。」
チーム前田家が作戦会議をおっ始めた瞬間、伊澄はさらに畳みかけてきた。
「この前泊めてもらったところだし、かつ僕も先生とペットの方を2人にしたくない、特に今日は。…だめですか?」
伊澄の目が、真剣に私を見据える。…ここで彼の申し出を断れば、勇気を出して告白してくれた事に対してあまりにも不誠実だ。それにこのままシズクと2人で夜を明かすのはなんだか気まずいし…。私は覚悟を決める。
「シズク、これは私と伊澄君の問題でもあるから。」
シズクは言葉を飲み込み、俯いた。
「じゃあ今日はとりあえず、伊澄君ちにお世話になりましょう。」
いや、状況が状況っていうのもちろんあるけどなんか私…信じられないこと言ってるー!!
こうして我々3人は伊澄の高級車に乗り込み(伊澄はシズクの乗車に終始不服そうだったが)伊澄君ちで『お泊まり会』を爆開催することになっていたのだった。
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