杜若家の(霊的)お嬢さま

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 私は首を横に振る。 「みんなが私に嘘をつけって言う。私は出ていかない」 「じゃあ僕にだけ本当のことを話してよ。僕だけが知っていればいいでしょ。あやちゃんの本当の気持ちを話して」  遥時さんは乳歯が抜けた口で笑いかける。 「出ておいで」  彼の小さな手に、私はそっと手を伸ばした。  遥時さんの手がしっかりと私の手を掴む。  途端、彼のやさしい顔が久士さんの怖い顔に変わった。 『ずっとそこにいて』  ぱっと手を離されると、私はすとーんとどこか深い場所に落ちていった。  どさっと落ちた場所は、真っ暗でなにも見えない。  上を見ると、かすかな光が中央から洩れている。 「遥時さん、たすけて! 落ちちゃった!」  大声で叫ぶと、真上の光が丸く小さく広がった。  丸い縁から、ひょっこりと二つの人影が覗き込む。 「たすけて! ここよ!」  目を凝らすと、さと子さんと青い目の男性だった。たぶん、ノアさんだ。 「ここから出して!」  二人は同時に頷くと、中になにかを投げ込みはじめた。  それはぼとぼとと、床に溜まりはじめる。顔にぶつかった一つを拾い上げてみると、杜若の花だった。
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