杜若家の(霊的)お嬢さま

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第一話 桜貝の乙女 大正五年四月(春) 東京 「安哉子(あやこ)お嬢さま、遥時(はるとき)さまがいらっしゃいましたよ」  女中の玉子(たまこ)が騒がしく呼びに来て、私はぶすっと指に針を刺して悲鳴をあげてしまった。 「いたあっ!」 「大丈夫ですか?」  玉子は慌てて飛びついてきて私の指を確認する。 「よかったぁ、血は出てませんね」 「よかったではないわよ。ノックもしないでいきなり扉を開けないでっていつも言ってるでしょう」 「申し訳ありません。一刻も早くお知らせしたくて。それより早くいらしてください。お待ちかねですよ」 「予定では、お帰りはたしか午後のはずよね?」  私はぷんぷんしながらお裁縫の道具箱に蓋をして、鏡台の前に座った。ささっと髪型と服を確認する。  うしろに流して結んだ大きな紅色のリボンに、杜若と蝶を描いたお気に入りの着物。完璧だわ。 「お仕事が順調にお済みになったのでは?」 「そうなのかしら」  諏訪遥時(すわはるとき)さんは私の許嫁だ。年齢は私より五つ年上の二十三歳。
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