杜若家の(霊的)お嬢さま

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 てのひらの奥、赤い暗闇の向こうから久士さんがやって来て、私の手を取る。  その手を払いのけて、逃げた。  でもすぐに、首根っこを掴まれる。  振り返ると、大きなお母さまが睨みながら私を見下ろしていた。私の体は五、六歳ぐらいに縮んでいる。 「お化けの話はもうしちゃだめ。お嫁にいけなくなるわよ」 「はるちゃんには、もう話しちゃったもん」 「嘘だって言いなさい」 「嘘じゃない。本当だもん」 「本当のことを言えばいいってものではないのよ!」 「嫌っ!」  私はお母さまを突き飛ばして走り出す。  嘘は嫌。  本当のことを言えないぐらいなら、もう一生喋らない。  杜若の花のように、ただ黙って枯れるのを待つ。 「あやちゃん」  裏庭の隅で麻袋のなかに隠れていると、外から声がした。 「誰?」 「はるとき。汚れるから出てきなよ」 「嫌」 「叱られたの?」 「お母さまは嫌い。はるちゃんも嫌い」 「僕は好きだよ。出てきなよ」 「嫌」 「じゃあ、僕もそこに入る」  麻袋の口が開いて、幼い遥時さんが覗き込む。 「入れるわけないでしょ」 「じゃあ出てきて。お庭で遊ぼうよ。花冠、作ってくれるって約束したでしょ」
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