杜若家の(霊的)お嬢さま

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 学校を卒業したあと、父親が経営するホテル事業の仕事を手伝っている。ちなみに、彼のお父さまは不動産と宿泊事業で名の知れたお方だ。  ホテルの仕事の関係で、遥時さんは一週間ほど千葉に出張していた。  針で刺した指を舐めながら廊下を速足で歩いて行く。  応接間から蓄音機の音が漏れ聞こえてきた。どこか悲し気なピアノの曲だ。  私は扉の前でもう一度身だしなみを確認してから、静かにノックをした。はい、という掠れ気味の声が応える。 「安哉子です」  笑顔で扉を開けると、蓄音機の前にいる遥時さんが振り返るところだった。  あっと私は息をのむ。  彼の背後にぴたりと髪の長い女が張り付いていた。  暗色の縞模様の着物は泥で汚れ、足は裸足。頭から全部ずぶ濡れで、足元の床には水たまりができている。  女は俯いており、長い髪が邪魔をして顔が見えない。 「どうかした?」  遥時さんの表情が怪訝そうなものに変わる。  彼が立ち上がって歩いて来ると、女もぴったりと後ろからついてきた。  私は慌ててソファを手で示す。 「なんでもない。座って。疲れたでしょう?」  彼は足を止めると、頷いてソファに向かい、腰をおろした。
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