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さっきまですぐにキスできる場所にいた人が、とつぜん、背伸びしても届かない人になったみたい。
試み、そして諦め。
「……まだ、久住さんと一緒がいいです」
やっぱり、試みる。
けれども久住さんは渇いた目で私を見下ろしており、無味なその表情は恐ろしくもある。
「(迷惑か)」
勝手に結論づけて、裾から手を離した。
「……ごめんなさい」
私が久住さんを独占できるのは、久住さんと一緒にいるこの時間だけ。その時間を引き伸ばしたいと思うのは必然。
けれども、久住さんの負担になりたくないと思うのも当然。
離したその手で空を掴んだタイミングと、久住さんの顔が視界いっぱいに広がるのは、どちらが早かっただろう。
顔を寄せたまま、久住さんは口角を上げる。
「お前、近頃音を上げるのが早いね」
「……え?」
「ほら、もっと俺を誘惑してみなよ」
目の前でさらりと揺れるネイビーブラックの髪の毛。
蠱惑的に細められた目。勝利が決定された試合前のような挑発的なその笑顔は、なんの罰ゲーム……いや、ご褒美だろう。
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