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その声に呼ばれると、脊髄反射のごとく振り向いてしまう。久住さんが私に向かってビジネスバッグを差し出していた。
当たり前に首を傾げる凡人に、慈悲深い久住さんは答えを与えた。
「持って」
「……え?」
「面倒だから、50メートルだけな」
「……!?」
反射的にビジネスバッグを受け取った。持ち手はまだ久住さんの温もりが残されていた。
戦慄と日常が交錯する私の目の前で、王子様が跪いた。
なんてことだ。自分で言ったくせに衝撃を受けるという小物感満載の私に「早く」と、久住さんは急かす。
──そうだ。
「お……お願いを聞いたから別れる、なんてなしですよ!?」
話に乗る前に対価の確認をしなければ。四年も久住さんの彼女をしている私は賢くなったのだ。
しかし、久住さんはいつも久住さんだ。
「おまえ、こないだからすぐ別れ話持ち掛けるじゃん」
「別れ話!?いつ!?私が!?持ちかけてないですよ!?どこの誰と間違えてるんですか!?」
「つか、乗らないなら俺は帰る」
「失礼します!!」
どうやら、法外な要求はされないようなので安心して背中に乗った。
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