『郷に従え』賛同者集め

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 自分たちと違った価値観や歴史観、社会規範や教育水準を持つ人々と暮らすには世界中の誰もが抵抗感を持っていた。グローバル化や多様化、親善や観光の促進が叫ばれているが、本音としては受け入れたくはなかった。その証拠に世界中の国で保守派が大勢を占め、自国ファーストの右傾化も進んでいた。そこでこのような時代の新たな信条・理念として『郷に入れば郷に従え』という日本語を広め、賛同者を集めているのが林原征志郎であった。自らの主張をSNSにアップし反応を待っているが、1週間に2~3人程度のアクセスであった。  この日、珍しく書き込みがあり、ビデオチャットのアドレスも記されていた。林原は、相手の時間も省みず、さっそくアクセスしてみた。相手は日本語が流暢な日本のアニメ好きの生粋ドイツ人であった。   「ヨーロッパ、特に我がドイツでは、移民や難民の受け入れを推進してきましたが、その結果がこの様です」 ベルガーは飽き飽きしたという表情をしていた。 「日本には郷に入れば郷に従えと言う格言があります。あなたはこれについてどう思いますか」 林原は『郷』という言葉が通じるかどうか心配であった。 「まさにその通りです。郷とは村レベルのことでしょうが、国としても同じことです」 「日本はまだ移民や難民はそれ程の数になっていませんが、観光客においては、他所の国にお邪魔している感覚がなく遠慮さなど微塵もないのは困りものだと思います」 「オーバーツーリズムですか。我々も同じです」 ベルガーは大きくうなづいていた。 「それに日本では観光客用の言語の案内板が乱立しています。わかりやすさと注意を促すためということでしょうが、私はむしろ、自分の国にいるような錯覚に陥り、好き勝手にやりたくなる気持ちを促すような気がします」 「なんか、私が考えていたことを代弁してくれているようで、共感しました」 「自分の国でやってきたことや、できなかったことを平気でやり、自分たちの言葉を堂々と話し、その国に溶け込もうとする気持ちが全くありません。そのような人間は排除すべき対象です。これは差別ではなく、区別です」 「確かにそうです。彼らは国を乗っ取るつもりなのかもしれませんが、それは断じて許しません」 ベルガーはキッパリと言い放った。 「自分たちが築いてきた国の誇りを、そう簡単に手放したくはないですよ。ですから本来、その国にいた人にとっては、民族的に違う人は、観光客としては受け入れるにしても、その国のマナーや伝統を学んだ上での訪問を望みます」 「日本人でそのようなしっかりとした考えを持っている人に初めて出会いました」 「お褒めいただき、ありがとうございます。ハッキリ言って、よそ者は言葉がわからないから、何をやっても良いわけはないのです」 「郷に従えでしたっけ、それに共鳴するドイツ人は多いでしょう。私は『もったいない』と同じにその言葉をドイツ、いや世界に広めようと思います」 「ベルガーさん、やっと理解し合える人と出会えた気がします」 「林原さん、ぜひ一度ドイツに来て、現状を見ていただきたいです」 「わかりました。賛同者が一人集められたことに感謝します。それではお金を工面して近いうちに行きます。その際はよろしくお願いします」  林原はミュンヘン空港に降り立った。空港内ではアフリカ系や中東系の人を多く目にしていた。到着ロビーに行くと、日の丸の旗を振って出迎えているベルガーの姿があった。  「林原さん、よく来てくれました。まずはウェルカムドリンクということで、ビールで乾杯と行きましょう」 ベルガーはがっちりと力強い握手をしてきた。林原とベルガーはレトロなバン(フォルクス・ワーゲン・バス・タイプⅡ)に乗ってミュンヘンの旧市街に向かった。  ミュンヘンで有名な巨大ビアホールのホフブロイハウスは、世界中の観光客や地元民で賑わっていた。ドイツ語以外の言葉もかなり飛び交っていた。  キャラメル色の黒ビールが注がれたジョッキが林原の前に置かれた。 「本場のビールを本場で飲むとは最高の贅沢じゃないですか」 林原が言っているとベルガーの前にもジョッキが置かれた。 「今日は林原さんの訪問を祝して乾杯」 「乾杯」 林原は一気にジョッキの半分くらいまで飲み干した。 「林原さん、ビヤホール内を見てください。これがドイツの風景と言えますか」 「確かに、私がイメージしていたドイツと違う感じがします」 「でしょう。これが無能なグローバリストの政治家が作ったドイツです」 「なるほど、苦労のほどをお察しします」 林原は気の毒そうにしてから、ジョッキに口をつけていた。 「現在、民主主義国家は愛国者と偽善のグローバリストに分断されています。それに引きかえ権威主義の国は、グローバルな視点など省みず、愛国で突き進んでいます。明らかに民主主義は不利と言えます」 「中国や北朝鮮に自由民主党などがあって政権争いをしたらどうなるかと思います。あり得ませんけど」 林原は苦笑していた。 「このままではアイデンティティー不明のエセドイツ人ばかりになり、伝統など消え去ってしまいます」 「私も同感です。日本を伝統も歴史もない極東の国籍不明の小国に変えようとする輩が蔓延っています」 林原とベルガーは話が盛り上がってきていた。  ビヤホールの入口付近で何かが衝突する大きな音がして、悲鳴が聞こえてきた。銃声や怒号も聞こえてきた。林原は何が起こったのかと、入口の方を見るとBMWのトラックが突っ込んで来て、ビヤホールの壁や支柱が破壊されていた。その近くのテーブルにいた客たちの血が、そこら中に飛び散っていた。トラックり荷台から顔半分をスカーフで隠した中東系の男たち8人が、鉄パイプや拳銃を持って降りてきた。手当たり次第に近くの人間を襲い血まみれにしていた。逃げまどう客たちはパニックになり、騒然としていた。  ビヤホールの奥から駆けつけた若いドイツ人3人がジョッキや壁の破片などを中東系の男たちに投げつけていた。瓦礫やテーブルや椅子を盾にして勇敢なドイツ人たちが、立ち向かっていた。中東の男たちの拳銃の弾が空になると、一気に両者は近づき取っ組み合いの乱闘となった。しかし3対8なので、ドイツ人たちは、ぼこぼこになり、劣勢になっていた。  林原とベルガーはドイツ人たちに加勢しようと、一旦裏口から出て入口から入り挟み打ちにしようとした。その間、新たな銃声がした。林原たちが入口から入ると、弾を装填した中東の男が拳銃を構えていた。中東の男たちは、林原たちの気配に気づき、背後を見る。その隙にドイツ人の一人が拳銃の男に飛びかかり、拳銃を奪った。奪ったドイツ人は足を怪我しているようでふらついていると、中東の男たち4人が飛びかかった。立て続けに銃声が上がる。中東の男たち4人が床面に転がった。  警察のパトカーの音が聞こえてきた。 「ベルガーさん、あのドイツ人は正当防衛ですよね」 「奴らの証言次第で…過剰防衛になりかねませんよ」 ベルガーが言っていると案の定、中東の男たちは、激しく罵り、ドイツ人が殺したと言っている様だった。 「それじゃ、彼らを匿いましょう」 林原は手招きをしていた。ベルガーがドイツ語で呼びかけると、3人は地獄に仏と言った顔で走り寄って来た。 すぐにビヤホールの奥に駆け込み、裏口から出てベルガーのバンに乗せて走り去った。  「どちらが先に仕掛けたかや、どちらか悪いではなく、軋轢が起きるのは、その土地のしきたりに従わず、異質な文化などを押し付けてくるからではないでしょうか。あなた方の怒りや行動は自然なものです。抑えることも恥じることもありません」 林原は日本語でドイツ人に言っていたが、運転席に座るベルガーが訳してくれていた。 「日本には郷に入れば郷に従えという格言があります。私はこれを『もったいない』や『かわいい』と同じに日本語のまま世界に広めたいと思います」 林原はベルガーが訳す『郷』のニュアンスが微妙に伝わっていない気がしていた。 「民族自決の原則に基づけば、その国の民族の一員になり住むのですから、元何人かは忘れて、その国の言語や価値観に合わせるべきです。勝手に自分たちのコミュニティーを作り、税金を納めず、いろいろなことを差別だとか言って主張をするのは間違っています」 林原の言葉に血だらけのドイツ人たちは拍手していた。 「…ゴウニシタガエ」 一人のドイツ人が言い出すと、他の二人も言い出した。そのうち、ベルガーとドイツ人たちは、ドイツ語で話し合い始めた。 「林原さん、彼らが言うには、『郷に従え党』を結党したらどうかと言っています」 ベルガーがぼそりと言った。 「結党ですか。それもここドイツでですか」 「SNSにアップすれば、ゴウニシタガエの言葉に賛同し、すぐに党員が集まるとも言っています」 「そうですか。しかし、まずは病院に行きましょう」 林原は後部座席に座る3人のドイツ人たちを見ていた。  林原たちはミュンヘン郊外の病院でシュルツ、ミュラー、ランゲル3人の治療させた。その後、シュルツの祖父が営む農園に向かうため、国境を越えてオーストリアのザルツブルグに行った。  ザルツブルグ郊外にあるシュルツ農園の牧草地には羊が放牧され、のどかな雰囲気があった。 「取りあえず、3人はしばらくここにいれば、事情聴取もないし、本格的に捜査の手が伸びて来たら正当防衛を主張すれば良いでしょう」 ベルガーは肩の荷が下りた表情であった。林原たちが立ち去ろうとすると、シュルツがベルガーを呼び止めドイツ語で何か話し始めた。林原は一足先にベルガーのバンに乗り、ベルガーが来るのを待っていた。  「林原さん、シュルツたちは、祖父のPCで『郷に従え党』のホームページを作り、SNSで広めるつもりらしいのですが、その内容について監修して欲しいとのことです」 「ということは、ここに滞在しろってことですか」 「まぁ、そうなります」 「彼らの情熱は歓迎ですから、一緒に作って、洒落で党員集めでもしますか」 「林原さん、洒落ですか。シュルツたちはマジですよ」 「わかりました。日本語のSNSだけよりも、ドイツ語で広めた方が賛同者が多く集まりそうですから」  「日本語のニュアンスを上手に汲んでくれていると言えますが…、」 林原はベルガーが訳してくれた『郷に従え党』のホームページを読んでいた。 「何か気になる点がありますか」 「ベルガーさん、入党資格の所ですが『郷に従え』に賛同するだけで良いと思います。また党費は党員がある程度集るまでなしで行きましょう」 「わかりました。さっそくシュルツたちに伝えておきます」 「あぁ、それとご意見とか相談を受けるチャットコーナーがあった方が良さそうです」 「なんか面白い企てになりそうですよ」 ベルガーはすっかり乗り気であった。 「あ、もう一つ、党首は私とベルガーさんにしてください」 「えっ、でも『郷に従え』の提唱者は林原さんですけど」 「このドイツの地で発足したのですから、ドイツ人の名もないと変ですけど」 「わかりました。何か責任を取る事態が起こったら、共に背負いますよ」 「しかし、大きなムーブメントになりますかね」 林原は今でも党員集めは、ちょっとした洒落のつもりであった。  ホームページをアップして5日目。アメリカ人のアン・ケリーからチャット意見があった。彼女は母方の家系がドイツ人なのでドイツ語が堪能であった。  「アメリカに移住したからには、溶け込む努力をする必要があります。まさに郷に従えです」 ケリーは見た感じ30才前後の女性であった。 「我々に賛同いただけましたか」 ベルガーがドイツ語で聞いていた。 「もちろんです。本来のアメリカン・スピリットがなくなるので、アメリカにも郷に従えの理念は、広められると思います」 「それでは、我々はあなたを党員として迎え入れます。あぁ、それから共同党首の林原氏からも一言あります」 ベルガーは林原のPCカメラにスイッチングした。 「郷に従えの言葉を提唱した林原です。この言葉を旗印に世界が安定すること望んでいます」 林原は日本語で言っているが、英語に翻訳された字幕が流れていた。 「日本の方ですね。アメリカのリトル東京では、日本語新聞は電子版も含めて購読者が減っています。それは紙離れということもありますが、日本人は現地に溶け込もうとするので、英語で事足りるからです。いつまでもルーツにこだわらないとも言えます」 ケリーは英語で言っているが、自動翻訳の日本語の音声が林原のPCから聞こえていた。 「そうですか」 「しかし中国人や韓国人は自分たちのタウンをつくり、価値観や生活習慣を押し通し、英語が話せなくても暮らせるようにします。それに中南米の不法移民は治安を悪くします」 「状況はお察しします。自分の国にいられないから、よその国に行く、そんな考えよりも自分が出て行かなくて済む国に変えようと努力するべきです。それでもいられなければ、出るのも選択肢の一つですが、行った先の国のルールに従うことが前提ではないでしょうか。受け入れる側はグルーバルな偽善は捨てる必要があります」 林原の言葉にケリーはちょっと感動しているように見えた。その後『郷に従え』党員は、ドイツ、アメリカ、日本の順で増えて行った。しかしこの段階では議員になる者はなく、ちょっとしたムーブメント程度であった。
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