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第1話 狭間一丁目透の間
日ノ国は、今でも聖獣と人間が交流しているふしぎな島国のお話です。
「……ねえ、このはなし知っている? 木霊の森にちょっと普通じゃ引き受けてくれそうにない霊的な仕事の依頼を頼めるお店があるらしいの。その名前が――。」
そこは、不思議な街だった。
日ノ国〈東の地〉の港町に住み、女子高に通う犬間一樺は、噂話を聞きつけ、学校から帰る途中で海沿いの、とある街に出た。
異国情緒あふれる古い街並みが続く長い道路の先に舗装された道がなくなり、途中から獣道に変わる。その手前に……。
「あれ? たしかこの辺なんだけどな」
一樺はキョロキョロすると標識に気づいた。
〈ここから先は木霊の森〉
と書いてあった。森の入り口の横に苔が生え、鬱蒼と茂る木々に遮られた、石造りの鳥居があったので何となくそこをくぐってみた。
すると景色が変わり、上を見ると住所表示板が見え、「狭間一丁目透ノ間」と書いてあった。
「ん? こんな街があるんだ」
(大陸の建築様式なのかな?)
石畳とレンガ造りの赤いとんがり屋根、隣の建物は白壁に蒼い屋根、その隣は黄色い壁に黄緑の屋根といったカラフルな色の街並み。一樺は不思議な建物に目を奪われながらも、目的を果たすべく店の名前を探した。
「あった、ここだ」
『アンティークショップ九十九』
看板を見つけた。
カランコロン
懐かしい鈴の音。
入るとそこは、アンティーク家具が積みあがっていた。年代物の椅子、テーブル、古いラジオ、猫の置物、アクセサリー、古時計、懐中時計、古着、靴、鞄と、他にも直置きされた沢山の絵画、折り重なった絨毯など、種々雑多な物が並べられている。
奥から声がした。
「はい、いらっしゃいませ、持ち主探します。アンティークショップ九十九へようこそ」
のれんをめくってニコニコと品の良さそうな男は二十代半ばくらい、仕立ての良いスーツを着て、緩く肩までかかるウェーブヘアの金髪。整った顔立ち、まるで王子様のよう。
(きゃー素敵! ……でもでも目が碧いし大陸の人?)
「どうしよう。わたし、大陸語にがてなの……って今、日ノ国語だったか。よかった~」
「!」
しかし、その美しい顔をした男は一樺を見た瞬間、固まった。
「きみ……人間だよね?」
「え? はいはい、高校三年生の犬間一樺といいます」
「どうして……人間がこの世界に?」
「……え?」
(もしかしてここ、異世界なの?)
「どうやってここに入って来られた? あり得ないんだが」
「わからないけど、木霊の森近くにお店があるって噂で聞いたからそれで―」
「!」
その男が驚愕の顔をする。
「ここは普通の人間には入れないはずの現世と常世の狭間だぞ。通称:透ノ間だ」
「え、フツー入れないのですか? わたしどうしよう。ここ狭間なんですか。というか、狭間って?」
「さっき説明したろ、ふう、まあ良い。落ち着け俺」
「え―? じゃあ、あなたは人間じゃないのですか?」
「左様、わたしは〈東の地〉に住む半獣だ。烏庵九十九と申す」
「じゃあ、聖獣さまですね! 半獣は人間と聖獣のハーフですよね⁉」
「ああ、そうだ」
日ノ国には学校の授業で習った伝説がある。
――古より半獣と呼ばれるその一族は、小さな島国である日ノ国の帝や民を、妖怪や鬼から、別の大陸の民族からも守ってきた人間と聖獣の混血。普段は人の姿をしているが、危機が迫ると蒼き龍や白い虎などに変化するとかしないとか……。そのお姿は神の如き美しき伝説の聖獣。
「――聖獣さまは普段は現世か、異世界の常世に住んでいるって授業で習ったけど、そんな半獣さまがどうして狭間に?」
「違う、全然違う、どうしてと聞きたいのはこっちの方だ」
「わたしはフツーに木霊の森からぬるっと。よくある異世界の出入り口にお決まりの神秘的な体験ないままここに」
「!」
九十九は驚き目を見張る。
「え……ちょっと、なに?」
「そこがおかしい、フツーはぬるっと入れないはずなんだ……。出入り口は結界を張っているからな、しかし結界を破った……きみが?」
「じゃあ、なんでわたし入れたのですか」
「分からぬ、そこがわからないんだ。ひょっとしてきみは―――」
九十九は焦り、考え込み、手で顔を覆った。しばらくして、一樺の顔をまじまじと見る。碧い瞳に長い金色の前髪をかきあげ、額に手を置き、ふうとため息をついて言った。
「……ところで、大陸産の紅茶はいかがかな?」
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