第24話 九尾の妖狐の過去

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第24話 九尾の妖狐の過去

「お前のせいで村が滅んだ!」  妖狸(ようり)が叫ぶ。 「……」  辛そうに九十九(つくも)の顔が歪む。 「村が? シャルルは九十九さんの過去を知っているの?」  一樺(いちか)は妖狸に霊力を奪われた三毛猫姿のシャルルに話しかけた。 「そうだ―もう大昔の話さ。今さら九十九さんを責めたところで、一体何になるっていうのさ。僕は九十九さんのことを罪と思わない。だから支えているんだニャー」 「シャルル……」  息を切らし疲れ切った九十九が一樺を見る。 「一樺……。きみを巻き込んですまない。本当は最初に言わなくちゃいけなかったね。あまりにも楽しくて、ずっとこのまま続けばいいと思っていたんだ―」  悲しそうに笑った。 「九十九さん、いいよ」 「まずは、あいつを倒してからな。なぁに、大したことない(あやかし)さ」  碧色から金色の瞳に変わった。烏帽子(えぼし)をポイっと捨てると、頭に耳がピンとたち、九尾も出現する。ゆらゆら……髪をなびかせ二本の指で丸い円を描くと、ゆらっ。青白い狐火が点々と妖狸の周囲をぐるりと囲う。 「そんなに力あるのなら、何で村を見捨てた⁉」  妖狸が睨む。 「見捨てたわけじゃない。あの時は一時的に力を奪われていただけだ」 「お前があの娘なんか好きにならなければ、あの村は安泰だったのに。オレの霊力だってもっと強くなるはずだった。お前はそのための神使だったのだろう?」  九十九は不機嫌な顔で笏を振り下ろす。 「はて、なんのことやら、妖のために俺が存在しているとでも思っていたのか? 残念だったな―特急クラスの妖怪になれなくて。それに進歩のない奴め、人間を巻き込むなんてもっての外だ。そういうやつは霊力を奪ってやる」  ピカッ  突然、稲妻と共に雨がザーザー降ってくる。妖狸が一瞬気をとられている間に、九十九の口から淡紅色の光を放つ。 「わぁ。眩しい!」  妖しい光から逃げようと煙を出し、その隙に飛んで隠れようとするが、もう遅い、光に包まれた妖狸は霊力を奪われ、あっという間によぼよぼっと年老いてしまった。 「ふん、一樺とシャルルを誘拐したバツだ。当分、悪さも出来ないだろう。お店の看板動物として飼ってやろうか?」  ジロリと睨み、凄んでみせた。 「一樺……シャルル」  ホッとした表情の九十九は呪詛で巻き付いた縄をほどいた。  ***  雨が止まず、再び狭間のお店に戻って、ずぶ濡れになった体を、タオルで体をふき、コタツテーブルに座った九十九は一樺に過去を語る。 「……五百年前、日ノ国(ひのくに)では戦乱の世、各地、混沌とした世の中だった――。  俺の所属していた神社は白黒神社。白村と黒村があった。十年に一度、白村か黒村のどちらかの村から(にえ)が捧げられ、十年間の五穀豊穣が約束された村。  母に産み捨てられ、人間に拾われ育った俺は大陸弐の国から海を渡り日ノ国(ひのくに)にやってきた。半妖だけど七尾の妖狐ということもあり、すぐ仕事にありついた。俺はその集落の稲荷神の神使。主な仕事は人間界の出来事に干渉せず、それが善でも悪でも、人間の愚かさ、醜さ、残酷さ、ただ傍観しているだけでよかった。それでも村は、俺を崇め奉るので、崇高な白狐として強大な力を誇った。やがて僕は九尾の妖狐になったので、村人だけでなく、(あやかし)たちも強い霊力がつくので神社に群がった――。(ぬえ)妖狸(ようり)もその中にいた……」 「九十九さん……」 「俺の社にはたくさん骨が転がり……狂っている、と思った。――こんな奇妙な村――反吐が出る。だけど一度、社を任されここから逃れることはできない。俺は次第に心が荒み、度々、社を抜け出し街に繰り出すと、九尾の妖狐だ。もてはやされ遊び歩く虚しい日々――。誰か、たすけて……ほしいと思った」 「もう、やめて。話さなくていいよ」  泣きながら一樺は九十九にいう。もう傷ついてほしくなかったからだ。それでも九十九は首を横に振る。 「――そんな時に、贄として放り込まれた娘、そよ。  ただ傍観し、その贄が徐々に死に絶えるのをいつものように見つめるだけだ。今回もそのつもりだったのに、俺は大罪を犯し、してしまった。そよを逃がし、別の場所で密かに生かした。  恐らくその集落は薄くはった氷の上を歩くような不安定な平和だった。俺のしでかしたことで、氷はあっという間に割れてしまい、均衡が崩れた。  収穫時期に、大量の蟲が稲を襲い収穫できず、田畑は荒れ、飢餓で白村と黒村は争い、醜い牙をむき出し、殺し合い、殺戮の果てに、神社は破壊され、俺は霊力を失った――。妖は結界が破られた時に退魔師に退治された。そんな中、白狐に寵愛(ちょうあい)された憎き娘として、そよが惨殺されてしまった……」 「九十九さん」  ぽたり。  九十九の頬を伝う涙――。 「……助けられなかった。守りたかったのに……  ……俺が初めて好きになった唯一の人間。  そよ、生きている時、きみの名を呼ぶこともできなかった。  ……俺が、狭間に来たのは、ここならずっと自由に、そよを好きでいられるから。  自由のなかった俺が彼女を好きでいていい唯一の場所が狭間だった――。」
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