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十六歳の誕生日、彼女と下校途中で砂浜に寄って歩いた。彼女とはたぶん、同世代……。と、思う。
いくつなのか知らないんだ。だって彼女は女子高に通っているし……。
もしかしたら、年上かもしれないけど、そんなことは関係ない。大好きだ。
十月の季節外れの散歩とはいえ、油断は禁物だ。僕はクラスの連中なんかが来て、冷やかさないかと心配していた。でも、それは取り越し苦労だったようだ。考えれば、砂浜で寄り添うカップルなんていやしない。
内心(緊張する。これキスするパターンじゃんか)なんて、ドギマギしていたら、いきなり彼女はしゃがみ込んで、砂に指でjと書いたじゃないか。
「えっ? なにこれ?」
すると遠くで雷が鳴った。
急に、突風が吹いて、彼女が書いた文字は、すぐに見えなくなった。
どんな意味かわからない。
彼女は「帰りましょう、もうすぐ雨が降るわ、天気予報で言っていたもの」と、言う。
「え~!」
その時、僕はとても間抜けな顔をしてたんだと思う。
だから、少しでも引きとめたくて、こう訊いてみた。
「ねえ、さっきJと、書いたけど、なんのことなの?」
「し~らない」
「いいじゃん、教えてよ」
「へへへへ、ただ書いてみたかっただけ……。それより、降るわよ」
「そうかなぁ」
(くそお! もてあそばれてる!)とは思うものの、まんざらでもない自分が悔しい。
空を見たら、空を見ればイワシ雲と入道雲が同居している。
待ち合い雲というやつだ。
ちょうど、僕らが住む街を境に世界がわかれているようだった。
と、また雷鳴が聞こえた。今度はやや近い。
「そら~!」
「大丈夫、心配ないさ、まだ青空が見えてるじゃんか」
「信じな~い!」
彼女は走り出した。
「えっ!」
陸上部の短距離走のレギュラーだから、走るとやたらと早い。もう向こうの堤防の上で手を振りながら帰っていく。
「おーい! 待ってくれ~!」
彼女を追ったら。
その時、彼女はこう叫んだんだ。
「jointの事だよ!」
「ジョイント?」
混乱したね。
(何と何がくっつくって? 唇と唇? それとも……ハート? うわっ! ドキドキするっ!)
もうだめだ、顔が赤くなるのをごまかしきれない。
「なにしてるさ、早く来なよ!」
と、彼女は焦れたけど、近づくとボクの顔が赤いのがバレそうじゃないか、いや、待てよ、彼女の頬も、ほんのり秋桜(コスモス)みたいに染まっている。
そう思ったら、季節外れの雪が降ってきた。
ここは南寄りなので、目にするのはこれが生まれて初めてだよ。
「ねえ! 喫茶店! 行こう! ココアでも飲もうよ!」と、彼女が誘ってきたんで、こう、答えた。
「僕はコーヒー! ブラックで!」
彼女は微笑んで、近づいた僕の髪の毛をくしゃくしゃにした。
「生意気!」
「なんだよぉ、子ども扱いすんなよぉ」
羽根なんか見えなかったけど、真っ白な雪のおかげで、とっても彼女は天使っぽかった。
*
コントロール室では、スタッフ全員が大きく溜息をついた。緊急に非常用の隔壁を作動させたので、酸素が宇宙空間に飛び出すことはなかったものの、危うく大事故になるところだった。離陸したばかりのスペースシャトルにエンジントラブルが起きて、緊急着陸したのが原因で外壁に亀裂が入ったのだ。
「宇宙空間の滑走路だったので、轟音で中の住民には気づかれずパニックが起きなかったのは不幸中の幸いだ」と、主任は呟いた。
「きっと住民には雷に聞こえたはずですね」と、副主任。
修理班が「滑走路の回復には六時間はかかります。各ブロックの装置を点検しませんと」と、報告が入った。
シャトルには被害者はなく、この事故の件は終息したものの、一難去って、また一難だ。
思いがけず、この事故の影響で、気温を調節するための装置が故障したおかげで、一瞬だが寒気が流れてしまい。予定では雨だったのに、J地区の都市では雪が降るといったアクシデントに見舞われてしまった。
「まだまだ、安心はできないぞ」と、主任は呟き、警視庁に連絡を入れて、 《すぐに交通整理を始めてほしい》と要請を出した。
急の雪で、渋滞などの交通トラブルが予想できるからだ。なんせ、ここでは誰もスノータイヤやチェーンなど持っていない。
副主任は鉄道会社に連絡を入れる。自動車ばかりじゃない、列車のダイヤにも影響が出るかもしれないからだ。
一度、寒気が流れて乱れた天候は、たとえコロニーの中でも修復は難しく、元のメニューに戻すのは時間がかかる。
気象班のチーフは「あと二時間で雪は止まりますが、霜が降りるのは避けられません」と、苦い顔だ。
惑星とは違い、農作物を栽培しているA地区やF地区に冷害がないのが唯一の救いだった。
了
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