第十二話 崩壊する友達関係

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第十二話 崩壊する友達関係

 あんなことがあったのだから、本当に元気になってよかったと強く思ってしまう。  俺が涼香に話してしまった事で、二人に対して申し訳なく思う気持ちが態度に出ている。  仕方がなかったのだから責任を感じる必要はないと言った所でそう思ってくれる事はないだろう。  それにしても「あの子」とは一体?  彼女にはこれ以上のストレスを与えない方が良いのは分かっているが、あの夜に何があったのかが気になる。 颯太なら何か知っているだろうか? 「涼香……元気になって良かったな……」  後ろの席の颯太に小声で言ってみた。 「あぁ、そうだね……」  まったく嬉しそうではなく、複雑な顔をして考え込んでいる様だった。  彼女が無事だったのだからもっと安心すべきだとは安易に言えない。  颯太と麻衣に元気がなくなってしまった事は誰が見たって分かるが、母親を亡くした気持ちは俺には計り知れない。  彼が母親の死を受け入れられずにいるからこそ、中途半端に分かった様な事を言って元気付けようとする事は馬鹿にしているのと同義な気がするのだ。  本心で涼香の責任だとは思っていないだろうけれど、彼の性格上「どちらも無事に生きていて欲しかった」と考えているに違いない。  苦しみに耐え切れず、彼女に酷い事を言ってしまうのではないかと心配している部分はある。  いつもなら冷静な麻衣が彼のバランサーになるのが流れではあるが、今回に関して言えばそれも分からない。  本来俺の知る麻衣は、人間観察に優れ、誰よりも人の痛みや苦しみを理解できる能力を持っている。  俺達四人がこれからもずっと友達としてやっていけるかどうかは、彼女の冷静さにかかっている様な気がしている。  しかし亡くなった未祐さんは彼女にとっても母親であり、親を亡くした心情が今どうなっているのか分からない。  目に見えて分かる悪人が居れば、怒りや復讐心をそいつに向ければ良かっただろう。  しかし誰も悪くないからこそ、彼等の悲しみは消化しきれずに行き場を失っているのだ。  涼香は授業の終わりに少し時間をもらって、状況の説明と迷惑をかけた謝罪をした。  数日間は意識がなかった事等、言葉の意味だけを聞けば自分の事を話しているだけの様に見えるが、悲しそうな表情からは彼等の母親を想う気持ちで頭がいっぱいなのだという事が伝わってくる。  そんな気持ちを颯太は分かっているのだろうかと疑問に思っていると授業が終わり、彼女がこちらにやってきた。 「心配かけてごめんね……お見舞いに来てくれてありがとう……」  彼は少し空気の読めないところがある。  おそらくは言葉の意味しかとらえられないだろうと思うと、彼女が悪いのではないと分かっていたとしても気持ちまでは読み取れず、無神経な事を口にしてしまうのではないかと少し心配だ。  お願いだから彼女の事は傷付けないで欲しいと願うばかりである。  母親を亡くして辛いのは理解しているつもりだが、それでもお前の心ない言葉が今までの関係を全て壊してしまうのだと分かって欲しい。  命を落としてまで涼香を助けたお前の母親の気持ちも踏みにじる事になってしまうのだと理解して欲しい。  彼女だって俺たち四人の関係が壊れる事を望んでいる訳はない筈だ。  頼むからここは冷静に対応してくれ……。  今後の関係は、お前の言葉に左右されるのだ。 「逃げ遅れたお前が母さんを殺したんだ……。  お前さえ居なければ、母さんは死なずに……」  どうやら、ダメだったらしい。  俺が思い描いた最悪の事態となってしまった。  彼の目からは涙が流れていたが、実際に一番悲しかったのは必死に彼女を助けた彼の母親と、助け出された涼香だったのではないかと思う。 「ごめん……」  涼香がそんなシンプルな言葉しか口にできないのも当然だろうと思う。  今までの関係性を一番近くで見てきた俺からすればこの二人は両想いだった筈なのに……。  それでもこんな事しか言えない彼を作ったこの状況は本当に狂っていると言わざるを得ない。  どうしてこうなってしまったのだろうか? 「お前、その言い方はいくら何でも……」  俺はその時彼女を庇う様な言い方をしたが、友達関係が音を立てて壊れていくのを確認していた。 「ごめんね……ごめん……」  彼女が悪い訳ではないと思うが、もう何を言ってもどうにもならないのならそう言うしかないのだろう。  本来命を救われた涼香はお礼を言うべき存在だと言うのに、この心無い一言で違った状況となった。  ああ、彼女が可哀想だ……。  その直後颯太は彼女を泣かせたまま教室を出て行ってしまった。 「あの……あんな事言ったが、あいつだって涼香のせいじゃないって事くらい分かってるよ」  二人になった教室はとにかく空気が重たかった。 「うん……ありがとう……。  じゃあ、また明日ね……」  心ここにあらずで、彼女は抜け殻の様になっていた。 「まって……」  麻衣が冷静であるか分からない今は、俺が何とかこの関係を修復したい……いや、何とかするしかない。  そんな風に思っていても何と声をかけて良いのか分からないし、本人達の気持ちがある以上、俺には何もできないのかもしれない。  気が付けば、帰ろうとする彼女の腕を掴んでいた。 「ごめん、今は一人にしてほしい……」  あんな事を言われた彼女の気持ちは分かるが、ここで何もせずに帰してしまったら、それこそ今まで積み上げてきた友情は終わってしまう。  でもこの状況でどんな言葉をかければ良いと言うのだろうか?  考えても分からない。  そもそもこれは三人の問題であって、あの夜の事を翌日になって知った俺は、友達であっても部外者である事に違いはないのだ。  彼女は掴んだ俺の手を振り払う。 「ごめん……」  その悲しそうな顔は「あなたにできる事は何もない」と語っているような気がして、何も言葉が出てこなかった。 「心配してくれてありがとう」  そう言って、袖で涙を拭きながら走り去った。  考えている以上に深刻な問題で、介入する余地など無いのかもしれない。  そう考えると急に頭が痛くなり、自分は無力なのだと感じさせられる。  一人教室に残された俺は自分の席に座り、今後どうすれば良いのか必死で考えた。 「どうしてこうなった?」  そんな言葉が浮かぶと、頭から離れない。  四人で仲良く遊んでいた毎日の記憶が何度もリピートされる。  涼香を助けに行った彼女は颯太と麻衣にとって良い母親だったし、俺にとってもお世話になった素敵な人だった。  そういう意味では他人事でも部外者でもなかった筈なのに……。  葬儀の日は、家に帰ってからも母がずっと泣いていたのを見た。  強い人だと思っていたが、こんなにもずっと泣いているのを見るのは生まれて初めてだったと記憶している。  皆にここまで愛されていた未祐さんが亡くなった事……悲しいのが息子や娘だけである筈がない。  そんな事を考えている時だった、校舎の外から凄く耳に響く音が大音量で聞こえてきた。  普段あまり聞く事のないその音は俺を驚かし、窓から音のした下駄箱の方を見る。  おそらくは男女間の問題だろう。  最低な事をした男子生徒が女子にこっ酷く振られるれる場面でも見られるのではないかと思って期待した。  人の恋路は結構面白いと感じている自分もいたし、何より色々考えていた俺にとっては良い気分転換になるだろう。 「何でそんな事言ったの!  母さんが死んだのは涼香ちゃんのせいじゃないのに!」  頭が痛い。  今まさに俺が悩まされている問題の最前線だ。  麻衣は泣き出す。 「ごめん……」  彼は妹に謝る事しかできないまま重い空気が漂っている。  もう俺にどうにかできる次元を超えている。  人が亡くなっているのだから手に負える事ではないと分かっていたはずなのに……。  しかしながら、皆が見ているこの場で大事にする訳にも行かず俺は職員室へ向かった。 「先生、下駄箱の所で凄い大喧嘩してる奴が居て……」  たまたま居た生徒指導の先生にそれを話した。  告げ口するようなまねをして本当にすまないと思っているが、俺の話なんてもう聞いてはくれないだろうから、この場を収めるにはこうするしかないのだ。  話を聞いて先生は慌てて走っていった。  二人の喧嘩を止める為に先生を呼んだのが俺だと知ったら彼等はどう思うだろうか?  辛そうな三人を見ているのは耐えられなかったし、俺自身もこんな状況がずっと続くのかと思うとその日は一睡もできなかった。  翌朝、気分が悪くて学校に行くのを少し躊躇ったが、休む事で問題が更に悪化しそうな気がした。  下駄箱での二人のやり取りを教室の窓から見ていた限りでは、俺の予想通り麻衣が冷静でなかった事が確認できた。  何とかしなければならないと思って登校することにしたものの、やはり涼香は欠席していた。  颯太は彼女が休んだ事を知った時、複雑そうな顔をしていた。  謝って仲直りしようとでも考えていたのだろうか?  仮にそうだとしても、昨日の状況から考えれば既に遅いのではないかと思えてならない。
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