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第十八話 虐待
「うちに子供なんていません」
それから少したって、学校が午前中で終わった、とある日に隣の部屋に女性の客が来た。
「通報があったんですよ……」
話からするに私が通報した相談所の職員の様だ。
「一度で良いので会わせてもらえませんか?」
これで、何とかなる筈だ。
「だから子供なんていません。
いないって言ってるんだからもういいでしょ?
早く帰ってください」
もめている様だったが、毎晩声が聞こえていると言うのに子供がいない筈がない。
そんな事は相談所の人だって分かっているだろう。
彼女はドアの前で母親に押し出され、無理やりに玄関の扉を閉められようとしている。
「お子さんがおられるなら保護責任者遺棄、学童なら就学義務違反ですよ?」
ドアの隙間に足と手を入れ、閉めさせまいと頑張っている。
「よほど私を犯罪者にしたいらしいな!
お前の不法侵入はどう説明するんだよ?
警察呼ぶぞ!
疑うなら戸籍か住民票を調べて、令状を持って来い!」
訳の分からない事を言っている。
「すいません、また来ます」
玄関の鍵を閉められて、彼女はどうにもできない様子だ。
「二度と来るな!」
毎晩声を聞いている私は隣の部屋に少女が居る事を知っているし、何より相談所に対する反応が完全にクロである……。
職員を追いかけて話をしようかとも思ったが、今出ていけば私が通報したと言う事が彼女に悟られてしまう危険性もあって、思い止まった。
しかしこんな状態が長く続き、話が全く進まないまま大人が何もできないと言うのなら通報した意味など無い……。
「おい、私が居ない時に誰か来ても出るなとあれ程言ってるだろーが!」
職員が帰った少し後に怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやら、宅配か新聞の集金にでも来た時にあの子が玄関を開けて、来た客に通報されたとでも思っているらしい。
「私……開けてない……」
少しの沈黙の後、水の出る様な音がし始めた。
「熱いよ、ママ……」
何かをされている様だが隣の部屋からではよく分からなかったし、相談所の職員でさえ何もできなかったと言うのに隣の部屋の住人に何ができると言うのだろう……。
玄関のノブを握り、助けに行くべきではないのかと真剣に自問したが、後一歩のところで扉を開く事ができなかった。
今電話をすれば、相談所の職員は再び引き返してきてくれるかもしれない……しかし、その声は隣にいる二人に聞こえてしまうだろうし、通報したのが私だとバレれば、何をされるのか分かったものではない。
どうする事もできないと、自分の無力さを悔いた。
このままでは彼女が殺されてしまうか、あるいは虐待に耐えきれなくなって彼女自身が自殺、あるいは母親殺しの犯人になってしまう。
「お前が嘘をつくからだろーが!
私が居ない時に玄関を開けたんだろ?
正直に言えよ!」
ごめん、私が通報したせいで彼女は更なる苦痛を受けているのだと思うと、凄く苦しかった。
「私知らない……開けてない……」
音からして、熱めのシャワーをかけ続けられている様だった。
普通なら聞こえない筈だが彼女の怒りようは半端ではなく、シャワーが出しっぱなしでも聞き取れるボリュームの声だ。
「じゃあー誰が通報したって言うんだよ!
言ってみろ!」
隣に筒抜けで怒鳴り声がすべて聞こえている事を本当に知らない様だった。
児童相談所に通報してもすぐにはどうにもならなかったし、これ以上沙綾香さんを怒らせれば彼女が更に酷い目にあうだろう事は容易に想像できた。
「二度とするんじゃねーぞ!
三日間飯抜きだからな!」
シャワーの音は止んだ。
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