第六話 友人の目覚め

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第六話 友人の目覚め

「気が付いて本当に良かった……」  病室の扉を開け、涼香(すずか)ちゃんの元気そうな顔が見えると誠は彼女にそう言った。 「涼香ちゃん、お友達がお見舞いに来てくれたよ」  それまで話し相手になっていた看護師は交代で出ていく。  僕達は意識が戻ったという連絡を受けて病院にお見舞いに来たのだ。  火事で煙を吸って数日間意識不明だった彼女は、今日無事に目を覚ました。  お見舞いの品は花、林檎、暇つぶしの漫画雑誌だ。 「三人ともお見舞いに来てくれてありがとう」  彼女は少しでも心配をかけまいとニコニコと笑っていたが、その反応は僕にとって非常に腹立たしかった。  花瓶の水を変えながら、頭に母さんの顔が浮かんで涙が止まらなかったからだ。 「ごめん……」  買ってきた漫画雑誌を渡し、一人で先に病室を出る。  僕と妹、誠、涼香ちゃんの四人は家も近くて仲もよく、何処に行く時もずっと一緒だった。  回復して本当に良かったとは思うけど、その代償として火事で逃げ遅れた彼女を助けに行った僕の母さんは全焼した建物から焼死体となって発見された。  今日目覚めたばかりで彼女の死をまだ知らないだろうし、僕達が本調子でない彼女に今真実を伝える訳にもいかないという事は分かっている。  母さんが亡くなったのは涼香ちゃんの責任ではないと何度も心に言い聞かせて理屈では納得したと思っていたが、それでも涙が止まらなくなった。  しかしそんな事は言える筈もなく、逃げる様にして病室から出る。  階段を上り、病院の屋上に出ると雲一つない青空が広がっていた……。  ベンチに座り、できる限り頭を空っぽにして空を見上げ、ぼーっとする事十分……。 「やっと見つけた……」  と言いながら妹がやって来た。  自動販売機から缶珈琲を二本買って、片方を彼女に渡す。 「母さん……。  何故僕達を置いて行ってしまったの?」  涙が止まらない。 「どうして世界はこんなにも残酷なのだろう……」  妹も僕につられて泣き出した。 「こんな事を考えてはいけないのだと分かってはいるし、涼香ちゃんが悪い訳ではないのも頭では理解しているつもりなんだ……でも僕は母さんに生きていて欲しかった。  気持ちの整理がまだできていないんだと思う」  妹は下を向いたまま話し始める。 「でも母さんが助けに行かなければ、涼香ちゃんが死んでいたよ……。  お兄ちゃんは涼香ちゃんが死ねば良かったって、そう言いたいの?」  そう解釈されても仕方ないのかもしれない。 「そんな事は言っていない……。  僕は二人に生きていて欲しかったんだよ」  母親に長生きしていて欲しかったと思うのは当然な事だと思う。 「でもそれが無理だったから、今ここに母さんが居なんじゃない!」  彼女の言いたい事は分かるが、そんな事を大声で言ってはダメなのだと思う。 「どっちの命の方が大切だったかなんて決められる訳がない……」  母さんが亡くなった哀しみよりも、今後この気持ちをどうやって消化していくべきなのかを考えなくてはならないのだと思う。
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