あかりの家

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【あかり】 絵里からまた連絡がきた。 「お母さんに連絡してあげなよ」。 それに短く返す。 「少し待って」。 昔のことを思い返すと、苦い記憶ばかりだ。 私は家が貧乏だったし、地味で暗かったし、とにかく周りから浮いていた。 学校では同級生の持ち物がなぜか私の引き出しに入っていることがよくあり、「私が盗ったんじゃない」と言っても誰も信じてくれなかった。 小学生の時、何を集めているか話題になったことがあった。リーダー格の由衣が、私が貧乏だから何も持っていないって知っていて、わざとそんな話題をふったんだと思う。 くだらない気分になって、私は嫌味で、 「注目を集めてる」 と答えた。 もちろんいい意味の注目じゃない。 みんなから変な目で見られている、という意味だ。 周りは意味が通じないようなとぼけた顔をしてた。 ああいう表情は母にもされたことがある。 私が父の質問をした時だ。 母からは、父は私が小さい頃病気で亡くなったとか聞かされていたけど、実は父は別に家庭のある人間で私の存在すら知らないと同級生の親が話しているのを聞いた。 本当かどうかは知らない。 でも、私がしゃべるとみんな言葉が届かないような顔をする。 私は言葉が得意じゃない分、絵を描くのが好きだった。 いつか大きな明るい家に住みたくて、いつも同じような絵を描いていた。 一度だけ、母に絵をプレゼントしたことがある。 その時なりに、一番の力作だった。 今思えばその時住んでいた家とは全く違う家だったけど、母が嬉しそうにしてくれたのがとても嬉しかった。 就職して仕事も慣れてきた頃、自分の絵を他の人にも見てほしくてインスタに上げてみることにした。 多くはないけど、徐々に見てくれる人が増えて楽しかった。 ネット上に気の合う仲間ができて、好きな画家の話をしたり、展示会の情報をやりとりしたりした。 そんな時、いきなり私のネット記事が出た。 『注目の新人美人画家!』。 私が全く知らないところで、私の顔写真と絵が紹介されていた。 最初は展示会に行くやりとりをしたフォロワーかと思ったけど、そもそも私の顔を知っている人なんていない。 その次に、絵里かと思った。 絵里は昔から私の絵を褒めてくれていたし、インスタも知っている。だけど、絵里がわざわざそんな情報をネットに流す意図がわからない。 冷静になって、よく記事を読んでみた。 『昔からカラフルな家の絵が得意で』…… 母だと思った。 母にはインスタのことは話していなかったが、私の家の絵をどこかで見つけて気づいたんだろう。 誰かに情報を提供したのかもしれないと思った。 茫然としていると母から連絡が来た。 「さすがあかり!自慢の娘!」 その時思った。 注目されたいのは私じゃない。母なんだ。 「絵が得意な娘を持つ母」として生きていきたいんだ。 画家でもなんでもない私のインスタは「下手くそ」「調子に乗るな」と一気に炎上してしまい、結局私は描くことに集中できなくなり、インスタもやめた。 「ほっといて」。 母にはそれを返すのがやっとだった。 母は今「娘が行方不明な可哀そうな母」として生きているんだろう。 きっと、幸せなはずだ。 みんなに心配してもらえる。 私が出て行かなければ、ずっと悲劇の母でいられる。 それでも私は母を嫌いになれない。 たった1人の家族だから。
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