未充足の人

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「その……要は、痛いのが怖いんですよ」 「私って昔からメンタル弱いですから。あれですよ、人に言い間違いを指摘されたとかでもかなりキツいんです」 「保育園の時なんて昼寝ができないせいで…いや、そんなことはどうでも良いですね」 「…………」 「…………」 「小さな出来事でもそうですから、やっぱり今までと違うことに挑戦するっていうのは難しいんですよ」 「…まぁ、聞くんですよ。慣れるしかないって」 「慣れて気にならなくなる、そんな経験は沢山ありますよ。多分」 「大体、私が今生きていられるのは、”嫌だったけどやってみたら何とかなったもの”を通り抜けてきたからです」 「ただ、ただですよ」 「失敗する…失敗しそうと思う痛みと、消え去ってしまいたいと願う苦しさは、人生××年目にしても感じてしまうんです」 「…………」 「…………」 「××年程度じゃ、足りないんでしょうか」 「寧ろ、これでも慣れている方なのでしょうか。上手くとは言えなくても、何とかやっているってことなんでしょうか」 「いや、それ故に…って所もありますよね。今まではどうにか、目を背けられました」 「だからこそ、今の内に消えてしまいたい、なんて考えるのかもしれません」 「実際この先の就職とか進学なんて、嫌でも失敗のリスクを背負わされるんでしょう?」 「……あの、例えばの話ですよ。14歳、というかそれ以前からずっとこんな感じなんですってば」 「ここから消えたら楽になるのかって言われれば、そうでもないのかもしれませんけど」 「講義中の教室に入ったり、提出物の準備やセミナーの予定を忘れていたり、満員電車で人に押されたり…この辛さって、針の上を歩けって言われた時の様なものですよ」 「これは、いつまで?」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「……そりゃあ、きっと」 「逃げるための言い訳ですよ」 「いつも何かしらの理由をつけて、やるべきことから逃げてきました」 「勉強が忙しいから、今日は疲れているから、とか。用事を作るために、わざわざ講座を受講したこともあります」 「…………」 「嫌でしょう、痛いのは」 「痛そうだから生きてるんですよ」 「死にたいなんて言うけど、痛さはこの比じゃないんですよ」 「実行するのは、多分」 「育てて貰った親や祖父母にも、申し訳が立ちません」 「あの人達にはお世話にしかなっていません。でも、私が首を吊ったら、育てた人が間違った…ってことになりかねないじゃないですか」 「それに、私より素敵で、幸せになるべき人達だから。私よりずっと長く、楽しく生きていてほしい」 「実際どうかは知りませんけど、彼らが辛いと感じてしまうのだけは、避けたい」 「…………」 「…………」 「小学5年生の時です」 「私の祖父は、ですね」 「というか、私って実家と祖父母の家がとっても近くて、昔から晩御飯は祖父母の家で食べてたんですよね」 「って話は、置いといて」 「心臓に持病があったらしいんですけどね。私が気にしたことのないぐらい全然元気で」 「小学校の授業の為に田んぼを貸したりしてて、あの少し前も、僕らが稲刈りしてるのを見に来たりしたんです」 「だから、まぁ、急に死んじゃったりするとは思わないじゃないですか」 「3日前ですね。入院するってなって」 「風邪が中々治らなくて…って話だったんですけど、そんなものじゃなかったんですね。嘘吐かれちゃいました」 「…………」 「看取らなかったどころか、病床に居る姿も見ませんでした」 「修学旅行だったんですよね」 「正確には、地域の学校の交流会みたいなものなんですかね。何にせよ、バスに乗って、1泊2日の遠出をしてたんです」 「酷かったですね。他人がやるはずの班リーダーをやらされるし、バスではホラー映画見させられるし、宿舎では一睡も出来ないし」 「誰とも大して話もしないで、強いて言えばウザ絡みされたぐらいでした。まぁ私の学校行事の思い出なんて、大体そんなものです」 「そんな中で、祖父は容態を急に悪くしてたみたいですよ」 「私が夜遅くに帰ってきた日には、既に会話も出来なかったらしくて。次の日起きたら、亡くなったって話を聞きました」 「…………」 「…………」 「私が、無事であるようにって」 「父が言うには、病院で最後にした話が、これだったそうです」 「田舎でダラダラと生きてきた孫が、知らない土地に飛ばされているんですからね。心配もあったと思います」 「ただ、話すのなら側に居る人達のことにしときましょうよ…って思いますよね。最後の言葉になるなんて思わなかったかもしれませんけど、祖母への感謝とか、もっと色々あったでしょう」 「…………」 「特に出番のなかった葬式で、祖父の顔を見ました」 「元気そうでした。寝てる様子は見たことなかったですけど、睡眠中だって言われたら信じれたと思います」 「それで…分かったんです」 「私、人の死を目の当たりにせず生きてきたんですね」 「曽祖母とか、親族を何人か亡くしてますけど、皆んな私の目の届かない場所で生涯を閉じてきたんです」 「殆ど何も分からない訳です。私が望んでいるであろうことを」 「どうしようもない…それだけしか知りません」 「あとは、痛いのだろうって想像するだけ」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「話し過ぎましたね」 「何か、ありますか?どうにかして、この世からスッと消える方法について」 「中2の担任が、彼の半生について語ってたときの言葉の受け売りなんですけどね。」 「…….そうですか」 「やっぱり、痛いのは嫌ですからね。私も、家族も」 「ただ、ただですよ」 「これからも失敗を重ねて、希死念慮に苛まれ続ける人生って、正直無事なんですかね?」 「なんて、傲慢過ぎるでしょうか」 「こんなに、怖いのに」
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