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 澄み切った星空がどこまでも続いているかのように見える、真冬の深夜。  佐伯は白い息を押し殺しながら、男の首を力一杯締め上げた。男は最初こそ佐伯に抵抗しようと、背面にある佐伯の顔を引っ掻く為に腕を伸ばしていたが、それも次第に自分の喉元を掻きむしる行為に変わっていった。その様子が、見えていなくても手に取るように分かった。  ぐぐぐ、とくぐもった音が鳴る。それが果たして麻縄が頸動脈をはち切ろうとする音なのか、それとも男が何とか呼吸をしようと酸素を求める声なのか。佐伯にはそのどちらにも聞こえた。  一羽のトラツグミが不気味に鳴き、空を切り、音を切る。  やがて男は、その大きな顔を真っ赤にしながら気を失った。背負った男の体重が遠慮なく佐伯に預けられ、彼は少しよろめく。大きな顔に似合う、大きな身体だ。流石に百キロとまではいかないまでも、それなりの体重があるのだろう。  大男を地面に寝かせたところで、佐伯もようやく呼吸ができた。一連の動作に使った酸素を取り戻す為に心臓は強く脈打ち、肩で呼吸をする。 ——もう少し鍛えないとダメか……?  そんなことを考えながら、それでもものの数分も経たずに呼吸を整える。まだ仕事は終わりではない。  両手で男の首を持ち、思い切りよくぐるりと回す。こきり、という音と共に、彼の眼はあらぬ方向を見つめた。  自分で殺しておいておかしな話だが、せめて安らかに眠れるようにと、佐伯は大男の目蓋をそっと閉じた。  その後立ち上がり、殺した大男の顔と名前を今一度確かめる。ターゲットの名前は——。 ——あれ、こいつは何て名前だったか。  普段なら顔も名前も覚えているはずなのに、覚えてからその場を去るはずなのに、どうしてか何も思い出せない。  次第に大男の輪郭がぼやけ始める。 ——何だ、何が起きてる……?  崩れゆく大男の顔はしかし、その眼だけははっきりと捉えることができる。  そしてその瞳が再び開き、佐伯の眼をじっと見つめ——。 「次のニュースです。山梨県のリゾートホテルが経営権の売却を決定したことについて——」  ここで夢は終わった。  どうやらテレビをつけっぱなしのまま、眠ってしまったらしい。 ——この夢ももう何度目だ。  自分で殺した死体に睨まれて終わる、できれば見たくない夢の一つ。殺し方は毎回異なるが、結末は絶対に変わらない。  頻繁に悩まされているわけではないが、回数だけで言えばもう両手では収まり切らないだろう。原因はひとえに、罪悪感を抱いているからである。もう五年も前のできごとだというのに。  酷い脂汗をかいてしまった佐伯は、今夜の仕事の前に汗を流すことにした。
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