第一章 名家の子

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「軽い切り傷が幾つかありますが、それ以外は大丈夫そうですね」 シェレイザ家専属医、アルビス・ペンツェは言った。柔らかなベッドの中で眠る少女に掛け布団を掛けながら。 腕のいい医者の言葉に、リオルも睦月も顔を見合せ、互いに、どちらからともなく安堵の息を吐き出した。とりあえず目先の問題はどうにかなったと安心するふたりに、アルビスは「ですが……」と疑問をこぼす。 「どうも顔色が悪いので血が足りてない可能性があるんですよね。でも大出血するような怪我は見当たらない……なにか存じていることはありませんか?」 「え!? あー……ひ、貧血気味だって言ってた……」 「なるほど。では輸血はせずに薬で様子を見ましょうか」 柔らかに告げた医者に、リオルは口端を引き攣らせながら頷いた。それ、輸血しないでいいのかな……、と悩む彼の隣、睦月が白いマグカップに入ったココアをズズズ、と飲む。 「輸血しないで大丈夫なのか?」 「まあ、このくらいなら大丈夫かと。万が一のことがありますので点滴だけ、させていただきますね。そちらに貧血の薬も入れておきます」 「あ、ありがとう、アルビス」 「いえいえ」 さっさかさー、と点滴まで取り付けたアルビスは、そのまま「夜も遅いので私はこれで」と一礼して部屋を出ていく。なんだか急いでいた彼の様子を疑問に思いながら、「もしかして何かあった?」とリオルは傍に控えている使用人に問うた。問われた使用人──アジェラは、身につけたエプロンの裾を握りしめながら、眉尻を下げて「それが……」と一言。 「シェレイザ家のご当主様の容態が……」 「……もしかして悪くなった?」 「いえ……容態が良すぎてすこぶる元気で手を焼いてます……」 ガクッとコケるふたりに、アジェラが「95歳なのにまだ走り回るんですよっ!」と嘆きを発す。これにはさすがの睦月もリオルも苦笑を浮かべる他ならない。シェレイザ家現当主の姿を知っているから尚のこと。 「あの人リオルさまのお言葉しか耳貸さないし、僕たちが何言っても元気すぎて止まらないし……さっきやっとアルビス先生が麻酔銃撃って眠らせたんですけど……」 「麻酔銃撃たれる95歳か……」 「字面やべえな……」 告げるふたりに、アジェラは「どうにかしてくださいよっ!」とえぐえぐ嘆いた。どうやらかなり手を焼いている様子である。 リオルは苦笑し、睦月は嘆息した。まああの人ならそうだよな……、と頷くふたりは、ベッドの中でもぞりと動いたリレイヌを確認すると、すぐさまそちらへ駆け寄った。覗き込んだそこで、彼女はゆっくりと瞼を押し上げる。 「リレイヌ、大丈夫?」 リオルが声をかければ、彼女の青色の瞳がこちらを向いた。まだ微かに微睡みを感じるそれを、一度、二度、瞬いてからリレイヌは言う。 「……ここは?」 「ここはシェレイザ家の一室だよ」 「しぇれいざ……」 「リオルのお家?」と問われ、彼は頷く。「おっきいお家」と答えたリオルに、彼女は小さく笑って見せた。大丈夫そうだ。睦月もリオルも、落ち着いた様子の彼女にホッと静かに息を吐く。 「……あの、リオルさま、そちらの方は……? ご友人、と先程言っておられましたが……」 後ろに控えるアジェラが問うた。これに、リオルは優しく答える。 「この子はリレイヌ。森の奥で会った、僕と睦月の友達だ」 「森の奥……というと、村の外れにある古代の森の事ですか?」 「そうだね。その森だ」 「なるほど。そこにそちらの方が住んでいる、と……」 頷くアジェラ。納得した様子の彼に、「ううん、違うよ」とリオルは告げる。 「詳しく言えば『住んでいた』、だ」 「え? というと……?」 「彼女は今日から、ココに住むんだよ、アジェラ」 沈黙がひとつ。 驚きに叫ぶアジェラの声が、シェレイザ家という大きな屋敷内に、広く響き渡るのだった……。
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