第一章 名家の子

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「え? リックと会ったのかい?」  驚いたように問われたそれに、リレイヌはこくりと一度頷いて見せた。  シェレイザ家の書庫。既にリオルたちの勉強部屋と化しているそこで、リレイヌは先程会ったリックたる人物のことを不思議そうな顔の彼らに話していた。「不思議な子だった」、と感想を述べるリレイヌに、リオルが「まあ不思議だよね」、と苦く笑う。彼としてはリレイヌのことは隠しておきたかったが、現実問題そうはいかなかったようである。さてどうするかな、と考えるリオルの傍、睦月が不貞腐れたように眉を寄せて机に凭れた。「俺アイツ嫌い」と告げる素直な彼に、リオルは堪らず苦笑している。 「まあ、あれでも名家リピト家の次期当主……明日からは現当主だし……」 「はっ! あんな輩が当主じゃリピト家も終わりだな! はい解散解散!」 「なんでそんなにキレてるの?」  むしゃくしゃしてるなぁ、と思考するリオルに、「キレてねえし!」と睦月は怒鳴った。明らかにキレてる様子の彼に、話を聞いているアジェラがビクビクと震えている。 「睦月、怒ってる?」  そっとリレイヌが問えば、「怒ってねえ!」と睦月は返した。振り返りざまに大声を上げたが故に、驚かせてしまったようだ。その青い瞳を大きく見開く彼女を見てハッとした睦月は、すぐに今の怒りを訂正せんと「いや、その……!」とワタワタしだす。 「……怒ってる?」  もう一度問われる疑問。 「お……怒ってねえってば……」  消え入りそうな声で、彼は答えた。 「……まあ、睦月がキレてるのは置いといて……リレイヌ、まさかとは思うけど自分がシアナ様の娘だなんて言ってないよね?」 「ない」 「そう。ならいいんだ」  そう告げるリオルは、リピト家について語りだす。 「いいかい? リピト家はシェレイザ家に次ぐ三大名家のひとつ。『神を信ずるなかれ』の教えを元に実力のみでのし上がってきたお家なんだ。だからって神族への信仰心がないわけじゃないと思うけど、でも、そういう人たちはあの家では弾かれ者となってしまう……それくらい、あの家は神という存在を嫌悪しているんだ」 「どうして?」 「そりゃあ、まあ、三大名家とはいえ、あの家は一番下の家だから……」 「要は逆恨みだろ? 神の恩恵を得てのし上がったシェレイザ家が許せねーのよ、アイツらは」  吐き捨てる睦月に、リオルは苦笑。「まあ、そんな感じかな」と苦く笑う彼に、リレイヌは難しい顔で小首を傾げた。 「リピト家は努力してる。それはわかる。でも同じくらい、ううん、それ以上に、シェレイザ家も努力してる。神の恩恵は確かにあったかもしれないけど、そこにはちゃんと、上にいくだけの理由があったはず。なのにどうしてシェレイザ家はそんなに冷たく見られるの?」 「……」  軽く目を見張ったリオルは、すぐに瞼を落とし、やがて笑った。 「仕方ないんだ」  告げる彼に、リレイヌは益々わからないと言いたげな顔をする。 「みんな、誰しも、神の恩恵を授かりたい。けれど、それを授かったのは我がシェレイザ家だけだった。人々は羨み、その羨みはやがて妬みへと変わる……」 「……人間は恐ろしいってこったな」  告げるふたりに、リレイヌは沈黙。若干重くなった空気に慌てたアジェラが紅茶を淹れてくると駆けていくのを尻目、彼女はひそりと目を伏せた。
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