第二章 降りかかる悪夢

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第二章 降りかかる悪夢

 夢を見る。最悪な夢を。  殺され、貪り食べられるその夢を。  愛しい母が、父が、殺される夢を。  痛いと嘆いても、やめてと泣き叫んでも、なにも、何も変わらない。 「悪しき黒龍よ。最期に言い残すことはあるか?」  男が言う。見覚えのある男が。  顔半分に火傷のあとが見受けられるそれを目前、後ろ手を縛られた彼女は、ある一方向に目を向け、口を開いた。しかし、すぐに閉ざしたそれをそのままに、へらりと悲しげに笑ってみせる。 『ごめんね』  巻き込んでごめんなさい。そう告げる彼女に、『彼』は──。  ◇◇◇ 「……如何なさいました、お嬢様? 顔色が優れませんが……」  朝食の席。珍しく早起きなリレイヌがきちんと席について食事を摂る中、その顔色が些か悪いことに気がついたビアンテは、不安そうに少女に問うた。いつもならもっと食べるであろう食事すら喉に通らないのか、ちみちみとサラダを摘んでいたリレイヌがそっと顔を上げ首を傾げる。 「顔色悪い?」 「ええ。とても。なにか嫌な夢でも見ましたか?」 「嫌な夢……」  呟くリレイヌは、先の悪夢を思い出し、咄嗟に震える腕を押えた。心配そうなビアンテやメイドたちの眼差しがとても痛い。 「……なんでもない。心配かけてごめんなさい」  へらりと笑うリレイヌに、ビアンテはそっと涙を飲んだ。 「……うーむ。なかなか難しい子じゃのう」  広いテーブルの向こう側。器用にフォークとナイフを扱うシェレイザ家当主が、悩ましいと呟いた。その近く、心配そうに少女を見るリオルが、困ったように息を吐く。 「じい様。リレイヌのこと、何とかしてあげられないかな?」  問われた当主は困ったように呻いた。 「何とかしてあげたいのは山々じゃが、一度こびり付いてしまった恐怖というものはなかなか拭えんでのう……シアナちゃんたちの行方もわからない今、あの子を救える子は早々居らんじゃろうて」 「俺たちでもダメなのかよ……」 「そうさな……」  当主は考える。しかし、上手い言葉が浮かばなかったようだ。軽く呻いて眉を寄せた彼は、そっと息を吐き出し、向けられるふたつの視線を軽く見る。 「今はそばに居てあげんさい。くれぐれもひとりにせんようにな」 「……はい」  頷くリオルと睦月に笑い、当主は「ほれ、食べんさい」と食事を示した。それでようやく、彼らは食べることを再開し出す。 「……何事もなければええがの……」  ポツリと零した当主の言葉は、誰にも聞かれず消えていった……。
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