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「じゃあ、僕たちは少し出かけるから、留守は頼んだよ」
ある日の早朝。出かけるために少しばかり衣服を整えたリオルと睦月。黒塗りの馬車の前で振り返り告げた彼は、柔らかな笑みを浮かべて整列するメイドたちを見つめている。
「はい、坊ちゃま。リレイヌお嬢様は必ずやこのビアンテめが命に変えてもお守り致します」
深々と頭を下げたメイド長。
「うん。任せた」
リオルは頷き、それからすぐに開かれた馬車の中へと乗り込んだ。無言の睦月もそれに続き、ふたりは間もなくしてシェレイザ家から立ち去っていく。
「……さて! みんな! 麗しのお嬢様のためにも全力であの方をお守りし、そして楽しませるのよ!」
ふたりを見送ったメイド長が言えば、それにメイドたちは「了解です!」と敬礼。すぐにでも目的を果たそうと、皆が皆、ソワソワし出す。
「メイド長! お嬢様を楽しませるためにはやはり美味しい食事かと!」
「そうね! 健康にいい、かつ素晴らしく美味しい食事をシェフに頼んでちょうだい!」
「イエッサー!」
「メイド長! お嬢様をお守りするために必要なのはやはり見守るための道具! ココに一眼レフカメラがあるのですがいかが致しましょう!」
「まあなんてこと! お嬢様の素晴らしくも愛らしい日々のワンシーンが撮れるわね! それはきちんと持っておいて必要な時にシャッターを押しなさい!」
「イエッサー!」
「メイド長! やはり楽しむためには人との会話、特にご友人とのお話合いや時間は大切かと! 使用人のアジェラとお嬢様は仲がいいと小耳に挟んだので、彼を出動させるのはいかがですか!?」
「素晴らしいアイデアだわ! お嬢様の楽しむ顔が目に浮かぶよう……即刻アジェラにアポを! 今日の彼の仕事はお嬢様とお茶をすることよ!」
「イエッサー!!!!」
気合いの入ったメイドたちがありの子を散らす様にそれぞれの役目を果たしに駆けていく。その姿を見送り、衣服のシワを整えたビアンテは、スッと背筋を伸ばしてからリレイヌの眠る寝室へ。コンコンッと軽く扉をノックしてから、それを静かに押し開く。
「お嬢様。おはようございます。今朝はとてもいい天気ですよ。今日はいつもより早めに起きて……あら?」
ふわり、と風が揺れた。
開かれた窓の傍、外を眺めるように佇んでいた小さな少女が、音と声に反応して振り返る。
揺れる黒髪。そして向けられる、透き通るような青の瞳。
美しいワンシーンに魅入られるように、ビアンテはそっと己の目を見開いていった。彼女の胸は、まるでこの時を待っていたかのように昂っていく。
まだ幼い頃、目にしたかの創造主。シアナ・セラフィーユ。あの優しき龍神を彷彿とさせる小さな姿に、はくりと口を動かしたビアンテは、思わず、その場に膝を着いていた。
腰を曲げれるだけ曲げ、深々と下げた頭は床に擦り付ける勢いで。
そうして頭を垂れるビアンテに、リレイヌは驚いたと言いたげに目を見開くと、「まま……?」とポツリ。鼓膜を震わせた、不思議そうなそれに、ビアンテはハッとして上体を起こし、リレイヌを見る。
「お、お嬢様……」
「……」
「お嬢様、わたくしは……」
一体何をと、自分でも自分の行動に理解が出来ぬまま頭を悩ませる一方で、ビアンテは思わず溢れる涙をそのままに、理解してしまった現実をそっと嘆く。
この子はヒトじゃない。獣でもない。人獣でも、魔物でも、異形の者でもない。この子は、そう、この子は──
「……セラフィーユさま……」
カラカラの声で、ビアンテは紡いだ。突如その名を呼ばれたリレイヌは、驚いたように彼女に寄っていた足を止める。
「シアナさまが……村で……わたしは……噂をきいて……」
「……」
「いま、あの方は……しょ、処刑を……」
「……」
「どうか……お嬢様……あの方を……シアナお嬢様を、助けてください──」
告げた彼女に、リレイヌは駆け出す。
そんな幼き少女の背後、ビアンテはひとり残された部屋の中、悲痛な声を上げて泣いていた……。
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