プロローグ 永遠の命を得た少女

9/9
前へ
/69ページ
次へ
 プカプカと、漂うように浮いていた。  とてもとても暗いそこには、上も下も、右も左も何も無い。  ただ広がる闇の中、少女は静かに浮いていた。 『……酷いものだな』  誰かが言った。次いで、他の誰かが『本当に』と口にする。 『昨今の人間共は汚いことばかりやりやがる。こんなのが蔓延ってたら世界なんて終わっちまうぞ』 『幼子に対してこの仕打ち……有り得ませんわ』 『自分らが神になれるとでも思ってるのかねェ』  三つの声が忌々しげにそう言えば、一番初めに発された声と同様の声が『まあ、今はこの小さな命を繋ぐこととしよう』と告げた。これに、声たちは賛同する。 『さあ、リレイヌ。命をあげよう。我々の力を、君に授けよう。君は今宵、完全なる龍となるんだ』  そっと、少女の額に誰かの手が乗せられる。うすらと瞼を押し上げた彼女は、そこで、赤と青の何かをしっかりと目にした。 『強く生きなさい。大丈夫』  きっと、未来は明るいよ──。  ◇◇◇  ふわり。目を開ければ、まず、壊れたランプの残骸が視界に写った。次いで、暗い、見慣れた天井が確認できる。 「……、ここは……」  告げて、驚いた。今まで出なかった声が出る。思わず喉元を抑えた彼女は、ゆっくりと上体を起こし、そして寝かされた寝台を一瞥。そこから降りると、割れた破片が突き刺さるのも気にせずに、荒れた床を裸足で歩く。 「……母様? 父様?」  ひとり呼ぶ、両親のこと。 「……むつき? りおる?」  震えながら呼ぶ、友達のこと。  閉ざされた戸を前に、そっとその取っ手に手を当てた彼女は、そこでゆっくりと動きを止めた。まるで怯えるように下を向き、瞳を揺らす彼女を知ってか知らずか、開きっぱなしの窓から「「リレイヌッ!!!」」と二つの声が上げられる。 「!」  驚き振り返った彼女の視界の中、窓枠を乗り越えようと奮闘する少年たちの姿が映りこんだ。彼らは身長的に乗り越えられなかったようで、文句を言いながら姿を消す。それに動くリレイヌの背後、開かれた扉から、今し方のふたりが姿を現した。ここまで走ってきたのか、息を乱して肩で大きく呼吸する彼らに、彼女はただ沈黙する。 「リレイヌ! おまっ、何があった!? 血塗れだぞ!!!」 「怪我は!!?? どこも痛くない!!?? 大丈夫!!?? 医者呼ぶ!!??」  慌てたように声をかけてくる両者に、彼女は立ちすくんだまま、ポロリと一筋の涙を零した。ふたりはギョッとしたように目を見開く。 「い、痛いのか!!?? やっぱ痛いのか!!??」 「と、とりあえず村の奥に僕の家があるから、そこに!!! 専属の医者がいるから、その人に診てもらって!!!」  ワタワタとするふたりに、彼女は首を横に振った。ポロポロと涙を流し続けるその姿に、リオルも睦月も眉尻を下げる。 「……何が、あったの?」  問われた疑問。彼女はグズグズと鼻をすすりながら目元を拭った。 「……おとこのひとたち……きて……いたいことされた……っ」 「! お前、声……なんで……!」 「待って睦月。……うん、リレイヌ。それで?」  優しく問うリオルに、彼女はポツポツと語っていく。 「な、なにかの、どうぐ、なんかいも、ふりおろされてっ……わ、わたし、きられて、そのまま、たべ、たべられてっ……」 「……うん」 「いたくてないてたら、いつのまにか、めのまえ、くらくなってっ……こえ、きこえて、だいじょうぶだよってっ……そしたらめがさめてっ……い、いえにいてっ……わた、わたしっ、こえ、でるようになっててっ……」 「……うん」 「か、かあさまたちっ、いなくてっ……だれも、いなくてっ……でも、そとにでるの、こわくてっ……!」 「……そっか。うん。わかった。もういいよ、リレイヌ」  そっと手を伸ばしたリオルが、優しく少女の涙を拭う。そのまま彼女を抱きしめた彼に、睦月が「ど、どういうこと……?」と疑問を発した。そんな彼に、泣きじゃくる彼女を抱きしめたまま、リオルは言う。 「これは憶測だけど、きっと、村のヤツらがリレイヌが禁忌だと気づいたんだ。そして、生きたまま彼女を喰った」 「は? そ、そん……そんなこと、普通人間が……や、やらねえだろ……」 「……古の文献に、こんな事が書いてある。『かつて、神は人々に恩恵を与えた。多大なる祝福を。溢れんばかりの幸福の雨を天よりふらせた。しかし、人々は神を裏切り牙を剥いた。天に橋をかけ、神を引きずり下ろさんと反逆した。神の愛する人を殺めた人々。愛する人を殺され、怒りに飲み込まれた神。神はこの時より、人々を殺めることをこの御心に誓い、姿を消した。愛する人の、亡骸と共に──』、ってね」 「……」  青ざめた睦月を尻目、リオルはそっと腕の中の少女を撫でた。未だ泣き止まぬ彼女は相当怖い目にあったのだろう。カタカタと小刻みに震えている。 「……僕は神を崇め、護る家の人間だ」  怒りを押し殺すように告げたリオルに、リレイヌはその腕の中、涙に濡れた顔を上げる。グシグシと鼻をすする彼女に、リオルはそっと微笑んだ。 「リオル、おまえ……」 「……止めないでくれよ、睦月」  反逆者には、相応の罰を。 「僕はこの子を傷つけた輩を許さない。必ず見つけ出し、裁いてやる」  その為には、準備が必要だ。 「手を貸してくれるね、親友?」  笑うリオルに、睦月は沈黙。「当たり前だろ」と、そう告げた。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加