傷つきたくないのに

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 その日、部活が終わったあと。  部員の子たちみんな、帰り支度をして部室を出ていく。わたしは廊下の用具入れからほうきを持ってくると、部室の床掃除を始めた。 「長瀬先輩、手伝いますよ」 「ありがとう」  高見くんが共同デスクの椅子を引いておいて、わたしはその下を掃き掃除。  ああ、やっぱ埃よりも消しゴムのかすが多いな。みんなつい、机の外に払っちゃうんだよね。  ちりとりで集めたごみを捨て、椅子を戻して本棚も整頓しておく。いつもそれが終わる頃には、部室内にはわたしと高見くんだけだった。 「掃除、やっぱり当番制にしたほうがよくないですか?」  部活後の清掃は強制じゃない。誰もやらないから、大抵わたしがやってる。 「うーん。でも毎回来ない子も結構いるし、当番制にしてもみんなやらないでしょ」 「そうかもしれないですけど。自主性にすると、みんな長瀬先輩がやってくれるものだと思っちゃいますよ」 「それならいいの。わたしが好きでやってるんだし」  ふ、と高見くんは笑った。 「長瀬先輩は去年から――おれが入部したときからいつもそうでしたよね。みんながやらないことも率先してやって」 「……高見くんこそ。いつも手伝ってくれたじゃない」  少人数の部活で、気がつけばいつも、高見くんはわたしを手伝ってくれていた。先輩の頼まれごとも、学園祭の準備や後片付けのときも、高見くんと一緒だった。  そうして、途中まで一緒に帰るのが当たり前になる頃には、わたしも高見くんのことを意識し始めていた。  なんて思い返していたら、急に顔が火照ってきちゃう。 「さ、ほら。帰ろう!」 「はい」  部室を出て、廊下をエントランスに近いほうの階段へと向かっていると、通りがかったエレベーターが開いて、中等部の生徒が出てきた。忘れ物でもしたのかな? 部室が並ぶ廊下へと向かっていった。 「高見くん。エレベーター乗っちゃおう」 「え。でも……」 「ちょうど来たんだし」  ドアが閉まりかけていたから、わたしは急いで乗って開ボタンを押す。ちょっとためらったようなあと、高見くんも乗り込んできた。わたしは1階のボタンと、閉ボタンを押した。 「高見くんって、真面目だよね。7階からでも、いつも階段使うし」 「いやー、最近ちょっと運動不足だったんで」  校舎内では、原則として3階層分の移動はなるべく階段を使うルールになっている。  でもルールって言っても、校則になってるわけじゃないから、エレベーターを使う生徒も少なくはない。  高見くんは情けなさそうに、小さく笑った。 「体育の時間くらいでしか体を動かしてなかったんで。リレーの種目練もあると思うと、少しは階段で――」  がくん! 「っ?」  軽い衝撃があって、急にエレベーターが急停止した。 「え、なに?」  操作ボタンの上にある液晶を見ると、4階を過ぎたところみたいだけど。高見くんも真顔になった。 「停電じゃないよね? 電気点いてるし」 「……ですね。たぶん安全装置の作動です」  聞き慣れないアラーム音みたいな音がして、ぎょっとした。液晶には……え?『緊急停止』って表示されてる。 「な、なんだろ。緊急停止って」  まさか、閉じ込められたりしないよね?   ど……どうしよう。乗ろうなんて言わなければよかった!  軽くパニックになって、わたしは無意識のうちに高見くんの腕にしがみついた。 「落ちついてください。安全装置なら、最寄りの階まで動くはずです」  って高見くんが言い終わらないうちに、エレベーターが静かに動き出して、2階で止まりドアが開いた。わたしたちは慌てて降りる。 「あ……ほんと。なんだったんだろ」 「うちもマンションだからわかりますけど、たまにエレベーターにあるんですよ。あとは階段使いましょう。……大丈夫ですか?」 「えっ。あ、ご、ごめん!」  まだ高見くんにくっついてたことに気づき、わたしは慌てて体を離す。高見くんはくすくす笑った。 「じゃ、帰りましょう」 「うん……」  ……なんで高見くんって、こんなに冷静なんだろう。とても年下だなんて思えないくらい。わたしなんて、すっかりテンパっちゃったのに。う、まだ恐怖でちょっとドキドキしてる……。  ちょっと情けなくなっちゃったけど、高見くんがいてくれてよかった。  ふたり一緒の帰り道は、怖かったこともすっかり忘れられた。
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