ことはじめ

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ことはじめ

 全ての発端は、常にステップアップを考えている両親によるものだ。  母は社交界でのさらなるセレブ化を望むスノッブであり、父は子爵家にしては豊かと言える懐をもっともっと温かくしたいという金の亡者である。  彼らは女学校を卒業したばかりの私に微笑むと、嫁ぎ先が決まりましたよ、と、これから大学に行くはずの私に言ってのけたのだ。 「何をおっしゃいますの? 私はこの首都星、ギルガメッシュで最高峰と名高いカオルーン大学に入学が決まっていたじゃないですか! 進学に反対だったお父様もお母様も、これは鼻が高いと、喜んで下さったばかりではないですか!」  皺取り施術に余念がなく、顔が二十代の若さを保ったままの母は、実年齢が窺える中年の表情をその美しい顔に浮かべた。 「大学に入学してどうするの。それなりの家名と経済力をもつ家柄の子はあそこの大学にいないじゃないの。確かに、下々の者が上を目指すためには良い場所でしょうし、子爵家令嬢というあなたが下々の者以上の能力を持つと示せたことは、今後は下々の者達の浮ついた考えをいなせる良い機会になったと、ブルガリス伯爵夫人にはお褒めを頂きましたけどね」  私は母親の言葉にいつも頭を悩ませてしまう。  だって、ここは未来でしょう。  私の前世が生きていたあの時代よりも、もっと先の未来でしょうよ。  人々は宇宙船に乗って銀河中を往き来できるくらいの未来であるはずなのに、それなのに、どうして考え方が身分差別ありきの近代ヨーロッパなのよ! 「えっと、お母様? 女性は好きに勉強したり研究できる環境も望んでいいのでは無くて? 女性は結婚以外に幸せを望んでもいいものでしょう」  うわ、両親二人同時に首がばねになっている人形みたいに首を横に振りやがった。  この二人はとっても仲が良いおしどり夫婦でもあるのだ。 「ミモザ。私達は君という娘を授かった事がこれ以上ない位幸せなんだよ。だからね、君に子供を持つという幸せを与えたいんだ。相手が同じぐらいの年齢で、それも大金持ちで公爵家の子息だというのならば、こんな幸せを絶対に逃すべきではないんだよ。そうだろう?」 「彼は二十八じゃ無かったかしら」 「端数を斬り捨てればまだ二十歳だ」  近所のスーパーマーケットでどうしてレーザーガンを買っておかなかったのかと、私は嘘くさい笑顔の父親の顔を見て考えた。  そういえばお前、公爵領にも自社の巨大モールを建てたいと言っていたな!  子爵家五男の領地も名誉も何も持たなかった私の父は、実は私が入学許可を受けたカオルーン大学の卒業生だ。  彼はそこで知り合った、母が言う下々の庶民の方々と交わり、会社を立ち上げて財を成した。  彼が子爵になったのは、プーディカ子爵家の上四人が死んだり出奔してしまったからである。  長男は賭けで多大な借金を背負ってこの世を去り、次男三男は借金を背負うよりも庶民でも金持ちの娘と結婚したいと爵位を捨て、彼のすぐ上の兄であるイアンなど、イリアになって男性と結婚してしまったという最高さだ。  そう。  プーディカという家名は今やスキャンダラスの代名詞ともなっており、金だけで社交界でデカい顔をしている俗物の当主夫妻と、影では口汚く罵られてもいるのである。 「君に子爵家の泥を被せたくないんだ。君は誰にも指を差されるような人間じゃない。僕達の大事で愛しい自慢の娘なんだよ」  もともと父が財を成そうと頑張ったのは、実は母への恋心の為である。  母の実家の伯爵家は名家でも破産しかけていたために、父が母に求婚するには金持ちにならねばならなかったのである。  そして金目当てと罵られながらも母は父と幸せな結婚をし、皮肉なことに彼等を罵る社交界の連中は更なるゴシップを求めたか、彼らの結婚を機にプーディカ子爵家に招待状を送るようにもなったのだ。  その状況を利用して、母は愛する父の為に少しでも社交界の好感を得ようと頑張ってもいるのだ。  私は父親と母親に、頑張る、と言うしかなかった。  でも、商売上手な父の血と、社交界の華となれる母の血も引いている私が、達成条件や救済要件も無しに馬鹿正直に従うわけもない。 「私から婚約破棄は言わないし、気に入られるように頑張るつもり。春休みいっぱいはね。でもね、パパ。相手が私を気に入らないって私を追い出したら、私は大学に行くから学費は納めておいてね。私はパパと同じ大学に行くのが夢だったの。パパみたいな人に出会って恋をしたいなって。それは女の子の夢でしょう」  父は両目に感動したような涙を浮かべ、そして私の両手をぎゅうと握った。 「ありがとう。でもね、パパの学部は経営学部で、君は生命教養学部でしょう。キャンパスも違うし、同じなのは大学名だけじゃないの。婚約者であるハルベルト・アルティミシアプリンセプス君は僕と同じ学部を出た人だよ。パパみたいな人に会いたいのだったらこっちの方が近道でしょう」  確かに。
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