藤色の指先

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 くく、と抑えた笑い声が低音で響き、さっぱり訳のわからない私は狼狽えながら口を開く。 「ど、どういうことでしょうか…」  見つかった? 私に? 何が?  混乱しつつ視界を下に向けると、私の名前が書かれたケースが見えて「ああ、これのことか」と今更ながら納得し、また違和感。  だってそんな言い方、先生がここに隠したみたいで── 「授業で使うパステルがなくなれば、困って僕に相談してくるだろうなと思いました」  静かに、淡々と語る言葉はまるで刑事ドラマの犯人が自白するワンシーンのよう。薄めた瞼で一点を見つめる眼差しは手元のパステルを捉えたままじっと動くことはない。  続く言葉を吐き出す頃、先生がドアの鍵をカチャンと締めた。 「案の定あなたはここを訪れたし、盗まれたふりまでして僕に会いにくるようになった」  そう言いながら一歩、また一歩と近付いてくる先生が、ふふ、と笑った。異様ともとれるその姿にすら見惚れてしまうのは、見たこともない表情を体が勝手に記憶しようとしているから。 「あなたはいつも僕を追いかけるのに必死で、自分がどう見られているかなど考える余裕もなかったのでしょう」  こつこつ、と少し硬い靴裏の音。目の前にまで迫った岬先生の匂いが鼻を掠め、大きく白い手がパステルを持つ私の手に重なる。  散々恋焦がれたそれは、指先に紫色の絵の具が染み込んだ冷たい手だった。
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