先生は知っている

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 ──先生から見た私は、よく物が盗まれる生徒に違いない。  今日はコバルトブルーのアクリルガッシュ。先週はクロッキー帳だったっけ。  初めてオイルパステル一式がなくなった時は焦ったなぁ──なんて感慨深く思いふけることではない。全くもってない。 「(パステルは一体どこに…)」  教室のロッカーに入れて置いたそれは、まさか足が生えて逃げ出さない限りなくなるとは思えない物だった。  ゆえに私がどこかに落としたか、誰かが持って行ったとしか考えられないが大前提として私は持ち出していない。  なので誰かに盗まれたのかも、と思ってはいるが、いじめられる覚えはないしクラスメイトとの関係も良好だと思う。自分でいうのもあれだけど特別美人でもないので妬み嫉みの対象になるような出来事もない。なさすぎて退屈なほど平凡な生徒だ。  まわりを見渡せば、下校の支度を整えるクラスメイトたちが教室内を忙しなく行き交っては適度に適切な挨拶を交わしていく。  誰ひとりとして私を見ていないこの状況で、漠然とした不安と何かあってもなくても流れていく時間を意識しては自分の在り方を考える。 「(先生はきっと今日もあそこにいる)」  溜め息は長く深く、肺の空気を全て絞り出して換気をするように新鮮な空気を吸い込んだ。 これでは深呼吸だな、なんてぼんやり考えながら席を立つと、あまり中身のない鞄を手に教室を出る。  向かう先は決まっている。美術室だ。
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