鈍色の瞳

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 そんな存在が今目の前で私を描いているという現実はなかなかに滾るものがある。  興奮して鼻血を出さないようにしなければ、なんて考えながらふと先生を見ると、じっとこちらをとらえたままの瞳とぶつかった。  手を止め、何か言いたそうな先生に「なんですか」と問えば「いえ…」と続ける。 「今日の矢代さんは、いつもと少し違ってみえますね。お化粧かな」 「あ、はい、ほんの少しだけ…」 「なぜ? 担任に怒られませんか」  なぜ? 本気で聞いてる?  先生に見つめられることが分かっているのに、日焼け止めや色なしリップじゃ装備が足りなすぎる。もとが弱いのに丸腰で戦いに挑むわけがない。  とはいえそんなことは言えないので、適当に思いついた嘘をスラスラと口から吐いた。 「このあと…友達と出掛ける予定があるので、いつもよりしっかりメイクしてみました」  我ながらそれっぽい嘘だと思う。  現実は築20年の一軒家に直帰するだけだが、いかにも女子高生らしい理由を咄嗟に述べた自分が誇らしい。 「ああ」納得した様子の先生がそう呟きながら再びキャンバスに向き合うと、まだ描き始めてから1時間も経たないというのに鉛筆を机に置いた。 「そうだったのですね。なら今日は早めに切り上げますか」 「い、いえ! 大丈夫です、予定は夜なので…」  一度嘘をつくと、それを誤魔化すための嘘が必要になってくる。これがなかなか難儀なもので詰めの甘い私は気をつけなければ。
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