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見上げれば会いたくて仕方のなかった顔がすぐそばにある。なのにどきんどきんと脈打つ胸がいつものときめきとは少し違って、重くのしかかるようだ。
「僕が好きですか」
ふいに問う瞳は真っ直ぐに私を突き刺して、身動きのひとつもできなくなってしまう。
握られた手が動揺で微かに震えると、「嘘をついてもすぐにわかりますからね」なんて釘を刺された。
「答えてください、矢代さん」
追い討ちをかけるように再度ぎゅっと握りしめられた手が痛くて、ずるずると気持ちを引っ張られる感覚におちていく。
「…す、き、です…」
岬先生が好きだ。
正確には、好き"だと思う"。
先生のことを想わない日はなかった私が、ぱったり好きではなくなるなんて考えられない。
「嘘ではなさそうですね」
そう言いながら静かに微笑む姿も、嘘をあえて泳がされていた期間も、岬先生に費やした時間の全てを含め、好きなのだと思う。
先生は美術室に巣食う魔物だ。そして私は、その魔物に魅せられた愚かな生き餌。
例え先生が私のパステルを盗んだのだとしても今更嫌いになどなれるはずがなかった。
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