藤色の指先

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「私が、ここに書くんですか…?」  何かの間違いではと尋ねてみても、頷くだけでそれ以上何も言ってくれない先生に疑問だけが残る。  婚姻届に書かれた丁寧な文字から感じる謎の圧に押され気味の私を、さらに追い詰めるような先生の声が深く低く耳の中に滑り込んできた。 「書けないのですか? 僕を好きだと言ったのに」  机に手をかけ屈む整った顔が覗くのは私の心の奥底。じっと真っ直ぐ向けられる瞳孔の開いた瞳に呼吸が止まったみたいだ。 「本当に好きなら書けるはずですよね? 安心して下さい、すぐに提出しようとは思ってませんから」  口角は上がっているのになぜか笑顔に見えない表情は獲物を前にギラギラ的を絞る獣のよう。  空気がぴんと張り詰めて、息をすればたちまち食べられてしまうのではと目すら逸らせず見つめるだけ。 「それとも僕が好きというのは嘘?」  徐々に光を失っていく瞳が、眉間に寄っていく皺が、岬先生から漂う負のオーラが、恐ろしい生き物のようで咄嗟に瞬きをすると耳元で囁かれる重すぎる声に背中がぞくりと冷えた。
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