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 小森真介は山道を行くタクシーの車窓から、外界の景色を眺めていた。そこから見える首夏の長野は豊かな緑に覆われ、毎年のように見てきた季冬の白とはまた違った趣があった。 「この道を俺はあの二人を乗せて走ったんだ。二人とも仲良さげでさ、心から旅行を楽しんでいるみたいで、絵になっていたよ」  タクシーを運転する原田氏が懐かしむかのように、そして哀しむかのように語る。 「原田さん、もう一度伺いますが本当に運賃の方はよろしいのですか? 往復の金ぐらい俺、持ってますよ」 「気にするなって! 俺、今制服なんて着てないだろ? 会社から車だけ借りて、後はプライベートでやってるんだ。それに……」  原田氏の顔から笑顔が消える。 「向こうから頼んできたとはいえ、あんたの妹と友達をあんな所へ連れて行ったのはこの俺なんだ。多少の責任はあるってもんさ」 「……ありがとうございます」 「よせよ水臭い……って、ほら、着いたぞ」  原田氏はタクシーを停車させて二階建ての木造建築を指した。山奥の木々に囲まれたその建造物は厳かさ、そして平穏さがあり、例の手記に書いてある通り確かに、雪の中でのその姿はさぞ美しかったことだろう。 「俺はここで待っておくよ。どうせ大した時間いたりはしないだろ」 「はい、原田さん。それでは行ってきます」 「おう。……頑張ってこいよ」  真介はタクシーから降りると、その二階建ての木造建築……ペンション、スケープゴートに向かって歩き出した。
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