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 呼び鈴を鳴らす前に鼻あてをつまんで、口に着けたマスクにずれが生じていないかを確認する。昨年の末に発生したウイルスは瞬く間に全世界へと蔓延し、人々は息苦しく不愉快な感冒マスクで顔の下半分を覆う生活を強いられていた。魁の予感が的中した訳だが、本人としても的中してほしくはなかった予感であったことだろう。  ボタンを押して呼び鈴を鳴らすと、軽快なメロディが辺りに響いた。それが鳴り止まぬ内に玄関の扉が開き、見ているこちらが心配になるくらいに痩せこけた初老の男性が出てきた。 「どうも初めまして、連絡をさせて頂いた小森真介です。柳沢太志オーナーですよね」 「はい、柳沢でございます。よくぞおいでになりました小森様」  柳沢オーナーも口元をマスクで覆っており、表情はよく伺えなかったが、人懐っこそうに顔をほころばせたようだった。  オーナーに促されて真介は建物に入る。内装はペールオレンジを基調とした明るさと暖かみのあるものだったが、自分達以外の人間が建物内にいる気配が無かったため、少しだけ寒々しさも覚えた。 「あの事件以降、お客さんの入りはどんな感じでしょう」  オーナーに連れられて廊下を歩いている時、多少の無礼を承知で真介は尋ねた。殺人事件が発生した上、ウイルスの蔓延を抑えるために人々が旅行等の遠出を自粛する中で、ペンションの経営は苦しいのではないかと思ったのだ。 「……正直に申しますと、酷いものです。ウイルスの影響もありますが、やはり人の悪意というものが一番つらいですよ」  柳沢オーナーはこちらに振り向きもせずに答えた。 「掛かってくる電話のほとんどがいたずらや誹謗中傷。たまにこられる方々も、殺人現場を見せてくれといった感じで……。ですが、ここであんな大事件が起こり、あまつさえ犯人がここの従業員だったとなれば、世間様のこの反応も当然なのでしょうがね」  溜息交じりのオーナーの言葉には、ある種諦めの念が孕んでいた。  真介は巨大なテーブルが中央に一つ置かれた大部屋へ案内された。ここがあの食堂なのだろう。 「どうぞ、適当にお掛けになって下さい。今、何かお飲み物をお持ち致します」 「お気になさらず。それよりも、私が送らせて頂いた弓嶋の手記はお読みになられましたか? 」  真介は素早く近くの椅子に腰を掛けると、すぐさま本題を切り出した。
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