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 魁自殺の報から数日後、弓嶋夫妻から一束の手記が真介の元に送られてきた。魁が自殺を図る前、主に真介相手に向けて書いた物だという。読むのに難儀したものの、その全てを読み終えた真介は、手記を訳してコピーし、当時ペンションにいた者達へ送った。「この手記の内容について、いずれ直接お話をしたい」という言葉も添えて。  柳沢オーナーはテーブルを挟むことなく、真介の隣の椅子に腰を降ろした。 「拝読させて頂きました。お亡くなりになったのですね、弓嶋様は。しかも自ら……誠に残念です」 「柳沢さん、あなたは四ヵ月前にここで起こった事件の当事者です。当事者として、あの手記を読んだ感想も踏まえ、あの事件をどう見ますか。特に、弓嶋のことについてはどうお考えになられます。……彼の責任について」  長野県の小さなペンションで起こった殺人事件を、すぐに各報道機関は『現実に起こったクローズドサークル』、『推理小説のような事件』等と、センセーショナルに取り上げた。そんな中で某週刊誌のとある記事が世間の注目を集めた。事件の当事者を名乗るS氏という人物の証言をまとめた記事で、その記事の中でS氏は、事件を助長させたのはその当時、ペンションに宿泊していた大学生であると証言した。曰く、その大学生は捜査と称して事件現場に浸入し現場を荒らしまわり、犯人ではない別の人物を真犯人に仕立て上げて地下室へ監禁し、良心の呵責に耐えかねた真犯人を自殺へと追い込んだ。そして当の本人は何の罰も受けていない……。そのような内容の証言をまとめた記事であった。  この記事の影響により世間の人々はその大学生……弓嶋魁こそが事件の元凶であると認識し、憎悪を彼に向けたのだった。  柳沢オーナーは膝の上で指を組み、低い声で言った。 「……確かに、事件現場に入ったりと一部不適切な行動はあったそうですが、それが事件の元凶や助長とされるのは違うと私は考えます。岳飛の失言を指摘したせいで卯月が自死をしたというのも結果論でしかありません。……こんなことを言いたくはありませんが、あえて事件の元凶を挙げるとするならば、最初に卯月に乱暴を働こうとした中田氏。すでに亡くなった方とはいえ、彼こそ糾弾されて然るべき存在であるはずです。どう考えても弓嶋様を元凶呼ばわりするのは筋違いでしょう。世間の方々や、猿渡様がおっしゃられるように」  真介は話に相槌を打ちながらも、オーナーの話が終わるとすぐに口を開いた。 「私もそう思います。弓嶋は何も悪くはない。あいつが負うべき責任は何一つありはしない。ですが、本当にそれだけなのでしょうか。本当に責められて然るべき存在は、中田一太郎だけなのでしょうか」  柳沢オーナーが僅かに反応したのを真介は見逃さなかった。
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