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――自分の責任は棚に上げるのか。人を自死へ追いやっておいて「可愛そうなことをした」で済ませるのか。挙句、妹を引き合いに俺の憎悪を魁へ向けさせようとするのか。
苦悩や反省が見られない猿渡の言動に怒りが湧き上がるも、懸命にそれを抑えながら真介は話を続けた。
「……なるほど、あなたの意見はよく分かりました。あの事件に責任があるのは中田、卯月、岳飛、そして弓嶋。この四名にあると」
「そうだ。それで? 俺に聞きたいことはこれだけなのか」
「いいえ、私があなたに伺いたいのはもう一つあります。むしろ、こちらが本題です。
まず被害者の中田一太郎について。奴が一体どのような人間であったのか、あなたは初めから分かっていたでしょう」
「……そういえば、お前は探偵志望って書いてあったな。どうせ、ある程度の調べは付けてるだろ? どれ、結果を先輩に聞かせておくれ」
やはり、中田一太郎の名に反応した。口角を釣り上げて笑みを浮かべる猿渡であったが、その眼は笑っておらず、笑みも引きつっている。
「分かりました。私が調べた情報をお話しして差し上げましょう」
その男の確認できうる限りの最初の凶行は、保育園に通っていた女児に対する拉致と暴行であった。祖父母の家から自宅へ帰る途上の女児を、腕力でもって人気のない繁みへと連れ込み、暴行に及んだ。早期に発見されたため、女児は奇跡的に一命を取り留めたものの、その幼い身で子宮の全摘手術を受けなければならなくなるほどの深い傷を負わされた。代議士である男の父親が女児の両親に多額の示談金を押し付けたために、男は何の罰も受けることはなかった。それに味を占めたのか、男の凶行は際限なく加速していった。一年間に二人から三人。中学、高校、大学、社会人と駒を進めていくにつれ犠牲者の数は膨らんでいった。いずれも自身よりも年下の女性が犠牲となった。犠牲者の中には鬱病となり、自死を選んだ者も一人や二人ではない。それでも父親が被害者達やその家族に、金と権力をちらつかせて示談に持ち込んでいったために、男は刑に服す所か、前科さえも付かなかった。
金と力に護られた中田一太郎という怪物を、誰も止めなかった。止められなかった。
「一年に二、三人で、トータルの被害者は軽く三十人以上。俺も過去、警官として色んなクズと対峙してきたが、こいつを知った時はとんでもねえ悪党がこの世にいたもんだとビビったもんだよ」
「代議士の父親の圧力のせいか、これらの話は新聞にもテレビにもネットにも一度として掲載されておりません。ではどうして、なぜ、あなたはそんな中田一太郎についての情報を得るに到ったのか? 手記にあった話をしましょう。中田が結婚する予定で、その婚約者の両親が中田のことを、快く思っていなかったようにあると記されていたのを覚えていますか? 私はその中田の婚約者の女性を探し出し、彼女の両親と実際に会って話をしました。彼等曰く、娘が婚約者として紹介してきた中田一太郎という男の雰囲気や言動に不信を抱いたため、密かに中田の素性の調査を依頼したそうです。猿渡善人という探偵に」
隅野卯月は不思議がっていた。なぜ予約を取っていない猿渡が、スケープゴートを訪れたのか。あのペンションは立地が悪く、飛び込みの客は望めない。その答えは、中田一太郎の動向の調査。仕事のためであった。
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